〈file1〉
大きな街が動き出す前の静けさ。
拘り抜いたカフェ。
甘く苦いコーヒーの香り。
流行りの曲が流れるレコード。
たくさんの人の笑い声。
キッチンで響く水の音。
制服姿のキミたちが並ぶカウンター席。
お客さんのために奮闘する仲間。
どれも僕が好きな、大切な物だ。
お客さんも、仲間も、カフェも、街も。
だから失いたくない。
この日常を、この街を。
そのためなら何だってする。
………何だって。
「!」
そこで意識が途絶えた。
いや逆だ。
目覚めたと言った方が良い。
これは昨夜、僕が見た幸せな理想の夢。
この〝日常〟を護るために今日も僕は背伸びをする。
天にも届く声を持つ、鶴のように―――。
「え?僕を探している人?」
驚いた僕は、自分でも驚くほど間抜けな声が出た。
今日も今日とて、コルリス閉店時間後、仕事終わりにコーヒーを飲みに来た望命くんと、眞人くんと、冬李さんを饗す。
今日は相談所の方の依頼も入っていないからと、いつもは適当に流す望命くんの話も耳に入る様に聞こうと姿勢を見せる。
「そうなんだ。今日、俺の事務所に女の人が来てね。
人探しの依頼で瀬凪くんの写真を見せられたんだけどさ。
心当たりない?」
「……ない!」
「やっぱりそうやんな!
そん時はみこと、依頼受けるって言ってたんやけど、やっぱ断ればよかったか〜?」
カウンターに座る望命くん達の前で肘をついて座る僕と、そんな僕の後ろのキッチンスペースでグラスを拭いている店長。
望命くんが言うに、その依頼人さんは街を歩く僕の姿を写真に撮り、それをわざわざ現像して望命くんに人探しと称して僕を探させようとしていたらしい。
そんな妙な女に探される心当たりなど、当然僕にあるはずもなかったので、2秒考えた後望命くんの問いに答えると、望命くんの隣に座っていた眞人くんが僕の応えに反応を示した。
どうやら、眞人くんもその女性を怪しんでいた様だ。
それから数分、眞人くんと望命くんと僕でその依頼人さんについて話していると、冬李さんが席から立ち上がり、店長と奥へ行ってしまった。
冬李さんと店長は幼馴染と聞いたが、冬李さんが若く見られる美貌を持っているため、とても同い年には見えない。
「……そう言えば、あの2人って幼馴染なんだよね?」
望命くんが僕に問うてくる。
僕もそれに頷いてから、こう言葉を加えた。
「小学校からのって言ってたよ。……冬李さん、若いなぁ……」
「あいつはぁ……やっぱ化けぎつねか何かやな」
「眞人ずっとそれ言ってるじゃん」
「……望命くんも、否定はしないんだね」
「そこつっこまないでよ」
3人でお馴染みの聞き慣れた会話をしていれば、程なくして奥から店長と冬李さんが戻ってきた。
何の話をしていたのかはあえて聞かない。
大人の話に僕ら子どもが首を突っ込まないほうが良いと、5年前、望命くんから教わった。
彼は僕よりも達観している。
その時の僕も、それからの僕も彼の言葉を信じることにしたのだろう。
まぁ、その謎の女について話していた事は間違いないだろう。
明日はなるべく店や外へ出ないようにと忠告されてしまった。
カフェの仕事はしておきたかったが、別に明日は用事もないと言うことで、店長の忠告に首を縦に振る。
「僕を探す女、か……」
夜、望命くんと眞人くんが隣の部屋、冬李さんが自分の家に帰った後、店締めと明日の準備だけを済ませてこの部屋へフラフラになった足を踏み入らせた。
湯浴みを済まし、髪が乾いてしまう前にベッドに寝転がってあの事考える。
クレインサーベイへ来た依頼人の話しだ。
1人、心当たりがあった。
と言っても明確な人物ではなく、いるだろうと思い浮かべた推測だらけの人だ。
僕を捨てた母親。
それなら、今頃になって僕を探す理由も何となく想像できるが、どうして探偵に依頼してまで……。
僕を捨てたのは、他でもない母自身だと言うのに。
何か事情があって僕を捨てた事は、この歳にもなれば分かるものなのだが、あまりにも腹が立つ。
自分が捨てておいて、今更僕を探すなんて、と。
「綺麗だなぁ……」
カーテンの隙間からちらりと夜空が覗かせる。
ベッドから見えたその光景はとてもとても美しく今の僕の心とは真逆で、キラキラと光を放射線状に放っていた。




