〈file3〉
「ふぁ〜、店長〜、おはようございま―――」
「あ、瀬凪くんおはよう!」
「・・・。来るの早くない!?まだ朝の5時だよ!?」
「えへへ、コルリスのモーニングセットを早く食べたくて来ちゃった」
「と言うか、店長も店長で何平然と受け入れてんですか!始業前ですよ!?」
昨日は色々とあり過ぎてあまり眠れなかったからか、いつも起床している時間でも頭が回ら無くて欠伸ばかり口から溢れる。
一応目を覚ます為に部屋の洗面所で顔を洗い、お気に入りのボブにまで伸ばした自身の白髪を櫛で一通り整えたが、やはり欠伸は止まらなかった。
店長はいつも僕よりも早く起きて開店の準備をしている。
年だからなのか、最近店長は5時前に起床してしまうらしい。
縞模様のパジャマを着たまま、カフェと2階の僕達の部屋向かいの廊下と繋がっている階段の扉を一枚一枚ノブを回して開け、その先にいるはずの店長に挨拶をしようとしたが、そこにはいるはずのない人物がカウンター席で店長の淹れたコーヒーを美味しい、美味しいと言いながらゴクゴクと喉を通していたので、そちらに気を取られてしまった。
まだ朝の5時。しかも、僕が覚えている限りでは、まだ部屋の電気は付けられてはいなかった筈。
きゃぴっ、と音が聞こえたと錯覚する程明るい笑顔を僕に向けてくるのは望命くん。
「ははは、準備をしていたら望命くんが来てくれてね。
お金は払うと言われたから、コルリス特製モーニングセットと後サービスでコーヒーのおかわりを振る舞っていたんだよ」
「笑い事じゃないです!まだ始業前なのに!」
「まぁまぁ、瀬凪くん。
それに、僕達だって昨日望命くん達に助けられたじゃないか。お互い様だよ」
カラカラと笑う店長にぷぅ、と口を膨らませてお説教をする僕の隣で、何事も無かったかのようにサンドイッチを持つ手を動かす望命くん。
僕達が相談所の依頼を手伝って貰った代わりに望命くん達に対価としてコルリスのメニューを振る舞っているのは、望命くんが金銭等を一切受け取らないから。
かと言って、僕達がクレサイに来た依頼を手伝えるかどうかと言われれば不可能に近いだろう。
だから、コルリスの料理を振る舞う。
彼らが受け取ってくれて、僕達にも出来ることと言ったらそれしか無い。
数年前から決めたこの決まりは僕達とクレサイだけの秘密。
だから望命くんに賄いを振る舞う事が悪いと言っているわけではない。
実際に僕達は、今まで何度も彼らに助けられてきた。
昨日もそうだ。
だが、今はまだ始業時間前。
コルリスが開いてもいない時間に提供するのは流石にどうかと思う。
「え、望命くんあれ話したの!?」
「うん。瀬凪くんまた一人で背負い込もうとしてたからね。
早いうちに手を打ったの」
「……はぁ。優秀な探偵さんには敵わないなぁ……」
「瀬凪くんだって優秀な相談員さん、でしょ?」
「……だったら、良かったんだけどね」
店長にお説教をしていると、そう収めてきたので何故昨日の話しを店長が知っているのか疑問に残る。
僕は勿論話していないし、あの後、店長は店締めをしてからは僕とずっといた。
眞人くんはまだ起きていないし、残るは先程まで店長と2人きりで談笑していた望命くんだけ。
あ、犯人望命くんか。
犯人がすぐに分かった僕は店長が奥のキッチンで僕のコーヒーを淹れてくれている間に望命くんにこつそりと確認する。
やはり店長に昨日の話しをした犯人は彼で間違いなく、望命くんはあっさりとその事実を認めた。
探偵なだけあるね、と褒めると望命くんはいつものようには照れず、僕のことも褒め返してくれる。
店長の淹れたコーヒーを望命くんの隣の席で飲んでいると、眞人くんもやってきて3人で店長の淹れてくれたコーヒーを堪能していた。
「瀬凪くん、今日はどうするの?」
「う〜ん……、取り敢えず天堂さんの尾行かな……」
「そっか……、また手伝える事があったらいつでも言ってね。
店長、これお金です。ごちそうさまでした、凄く美味しかったです!
眞人、行こう」
「ふわぁ〜。はいはい、じゃあまた後でな、瀬凪くん!
店長もごちそうさ〜ん」
ズズズ、とまだ温かいコーヒーを手に抱え、なるべく綺麗な所作に見えるように口に含む。
コルリスの窓から朝日差し込んで来て温かく、気持ちいい。
もうコーヒーを飲み終わった望命くんに今日の用事を聞かれ、僕はそう応える。
怪しい人は自分が納得するまで以上に調べなくてはならないと、望命くんに教わったからか、いつしか僕もそんな調査方法を徹底していた。
そろそろクレサイも始業時間なのか、ガタリと席から立ち上がり、わざわざお皿を店長のいるキッチンにまで持って行ってくれた望命くん。
………いや、何平然とキッチンに入ってんだ望命くん。
そこは一応関係者以外立ち入り禁止なんだけど……、と口に出しそうになった言葉を飲み込み、店長がいいならいいか、と考える事を放棄した。
そんな望命くんに続き、欠伸をしながら眞人くんも席を立って店を後にする。
店長は若いって良いなぁ……、と親目線で彼らを語っていた。
「じゃあ店長、僕もそろそろ行ってきますね」
「あ、もう行くのかい?まだ休んでいれば良いのに」
「いえ、負けてられませんから」
「……そうだね」
「店長、いってきます!」
僕も店長にそう伝え2人と同じ様に、店を後にした。




