〈file6〉
「そうだ、瀬凪くん聞いてよ!
俺達の事務所にあの資産家の令嬢、姫后様がいらっしゃって、先日姫后様のお屋敷で身罷られたお子さん達の事件?を調査して欲しいって依頼だったんだけど、何でクレサイ何だろう……。
もっと良い探偵さんの事務所いっぱいあるのに……」
「望命くんの仕事ぶりを何処かで見て感銘を受けた、とかじゃない?」
「そうなのかなぁ〜……」
耶麻家へ訪れたあの日からもう一週間が経った。
あの後、僕の提案した通り、奥様はクレサイへ再調査を依頼。
望命くんが警視庁に配属されていた元警視長の息子だと知った旦那様は、望命くんへの暴言は怯んで言えなかったようだ。
その話を聞いた僕は、やはり腰抜けだったな、と麗羽と共に薄ら笑いを浮かべるのであった。
クレサイがちゃんと丁寧に再調査した結果、やはり子供たちの死因はアレルギー発作によるアナフィラキシーショックだった様で、故意に料理にアレルゲン食材を仕込んだ料理人はもちろん、我が子を殺す計画を立てていた依頼人の弟君、それからその弟君と一緒になって計画を企てていた長男も全員刑務所送りとなった。
まぁ、まだ未成年の長男は検察官逆送だけで済んだようだが、僕は納得していない。
奥様、いや、姫后様からコルリスに御礼の手紙が手紙が届いたのはもう数日前になる。
望命くんには僕がクレサイをおすすめした事は伝えていない。
伝える必要が無いと思ったし、望命くんなら誰からの依頼でも断らない、でも捜査は泥臭く、時間を掛けて丁寧に一つ一つ証明していく信頼できる良い探偵だからって言う事が一番の理由かな。
しかも姫后様から多額の依頼金が呉彩宛に送られたらしいが、依頼金は送り返すつもりらしい。
望命くん曰く、
「どれだけ高価な物やお金でも、依頼人の笑顔に勝る物は、一つもないからね!」
との事。
「そうだ、望命くん今度また何処か行こうよ!眞人くんも誘って!」
「全然良いけど、急にどうしたの?」
「ん〜?
なんとなく行きたくなっちゃっただけなんだけどね〜、亜蘭さんの事件の時に言ってた新しいカフェ、偵察に行きたいなって」
「確かに、誰かさんが口裏合わせを頼んだせいで余計に行きたくなったし、良いかも。
じゃあまた空いてる日、連絡するね。眞人にも聞いておくよ」
頭上に設置されている戸棚から、手をぴん、と伸ばしてコーヒーを取りながら望命くんに話しかける。
僕が望命くんや眞人くんとカフェに赴く事は少なくはない。
僕はライバル店の視察に行けるし、望命くんは元々カフェ好き、そんな僕たちに付き添ってくれる眞人くんと。
幼馴染3人で行動する事が多いから、自然と絆が一つ、二つと深くなる。
いつか店長や麗羽も入れてコルリス&クレサイの皆で旅行に行けたら良いな、と思いを馳せている。
亜蘭さんの件で「暇でしょ?」と尋ねた事を望命くんは記憶しており、今も尚、引きずっていた。
あの後、謝ったんだけどな。
「あ、そうだ、麗羽も行かない?ライバル店の視察!」
「誘った本人がもう本来の目的忘れてない!?」
「別に良いけど、そこの探偵さんは良いのかしら?」
「え、俺ですか?全然構いませんよ!
男3人の中に女の子1人だと少し狭いと思いますが、嫌でなければ是非一緒に来て下さい!」
小さい背丈を無理やり伸ばした事でようやく取れたコーヒー豆を入れた硬い缶の蓋をからから、と開けながら、隣で望命くんご所望のオムライスの卵をといている麗羽に聞いた。
麗羽は一度もこちらを見ずに望命くんを指差して聞く。
まぁ、元犯罪者だからと言う事なのだろうが、望命くんはそんな事を気にする様な輩では無い。
案の定、店の外にいる早帰りの女子高生を射止めるキラキラの笑顔を、麗羽が見ていないのにも関わらず向けてそう言ってくる望命くん。
昔からの彼の癖なのだろうが、本当にこれだけはやめて欲しい。
外にいる女子も、店内でパンケーキを頬張っている女の子達も目をハートにして倒れ込むのだ。
いつも大人のお姉さんな麗羽も望命くんのこれを間近で目にすればあの女子達のようになると思っていたのだが、どうやらその予想は外れたようで。
「ではご一緒させて頂きます」と一言望命くんに言って、いつもの緘黙麗羽に戻ってしまった。
あの屋上で見た大人のお姉さん感はここに来てぐんと下がった気がする。
今の麗羽は、ただの無愛想な女という感じだ。
「なら4人で行こうか。日にちはまた連絡するから、……駒稔さん、端末にこのアプリインストールされてますか?」
「……はい、そのアプリは確かにインストールされていますが……」
「なら、新しく4人のグループ作ろうよ!」
「それ良いね〜、じゃあ麗羽、ここをこうして……」
「え、あ、おぉ……」
麗羽の冷淡な態度にも動じず、キラキラ笑顔を健在させながら自身の端末を起動させ、ピッピッとその半透明な画面をタップする望命くん。
望命くんは、端末に表示された一つのアプリのアイコンを麗羽に聞きながら指差す。
聞かれれば応えないわけにもいかない、と卵を溶いていた手で端末を表示させアプリ一覧を素早く表示させた麗羽。
麗羽の応えに慣れた手つきでメッセージのグループを作成する望命くん。
今この場にいない眞人くんの事も、また視察前に連れてきてくれるそうで、心躍った。
私が2人の横から麗羽の端末を操作すると、麗羽は変な呻き声をあげた。
人と接する事が苦手な麗羽。
まだコルリスと言うこの空間自体、慣れていないのだろう。
「今から楽しみだね〜!
……望命くん、その腕の怪我どうしたの?」
「え、あぁ……仕事でちょっとね……」
「ふーん……」
「あ、瀬凪くんも仕事しなよ〜
あそこのお客さん、さっきからチラチラこっち見てきてるし、注文取って欲しいんじゃないかな?」
「え、うそ!?すみません、お客様……。
ご注文をお伺いしま〜す!」
今回の事件は、兄より何もかも劣っている弟達が殺された。
犯人達の動機何て興味もないし知りたくもない。
でも、日頃から兄を慕った弟達が、常に上を目指していた父を尊敬していた弟達が、何故殺されなければならなかったのか、僕には微塵も理解できない。
もしかすると、殺されるとでも思っていたのか?
自分達が、息子や弟達に。
純粋な子供の眼差しを信じる事が出来ない父親。
いや、信じようとしなかった愚かな大人と言う方が正しいのかも知れない。
子供心はとうの昔に捨て置きた。
捨てられてもなお、その心を記憶しておけるほど、僕の心は無垢ではない。
この街の悪意に染まったその心を、いつか正しい事に利用する。
僕らはまだここに居座り続ける、そんな来たるべき日の為に―――。
―――@Day4『裏切りの叫び』終幕―――




