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その後、亜蘭さんは望命くんの付き添いの元、警察に連れて行かれ、「中学生雑居ビル事件」の犯人はお縄となった。
この事件は、後々ニュースで報道されるだろうと警察は言っていたが、望命くんに頼んで今回の件はあまり外部に情報が漏れないようにしてもらった。
いくら亜蘭さんが犯人で、どれだけ憎くても、翠花さんの様に誹謗中傷で亡くなる人は沢山いる。
そんな無駄な犠牲者を僕はもうこれ以上出したくない。
勿論、メディアに亜蘭さんが犯人だと申し立てれば、翠花さんへの誹謗中傷は鎮火するのでは……と少しは考えた。
いつでもお腹を空かして次の獲物を探す大衆に晒せば、翠花さんへの誹謗中傷は鎮火し、亜蘭さんに一番効く方法で彼にダメージを与えられるだろう。
でも多分、それは僕の望む解決でも、望命くんが望む解決でも無い。
だから違う方法で翠花さんへの誹謗中傷を止められないか、「中学生雑居ビル事件」から二週間経った今でもそう考えている。
「店長……瀬凪くん、まだお店には……?」
「……うん。今回の事で負い目を感じているんだろうね、まだ部屋から出て来ないよ」
「そう、ですか……」
「この事件を止められんかったのは瀬凪くんのせいやない。……って、そんなん言うても納得できんもんは納得できんもんな………」
「あれ、望命くんと眞人くん?来てたの?」
「「!?」」
12月13日。
外の静けさも寒さも、より一層増してきた12月中旬。
僕は今日の今日まで部屋から出られずにいた。
翠花さんの時、現場にいたのは僕と亜蘭さんたった2人だけ。
でも、僕の足がもう少し速ければ、僕があの時、ちゃんと翠花さんを説得していれば、僕があの時翠花さんの腕を掴んで止められていれば。
そんな事を熟考しても、後悔したとしても、翠花さんはこちらへ戻っては来ない。
あれから二週間が経った今日も、相も変わらず翠花さんへの誹謗中傷の言葉がネットや世間で飛び交っていた。
元々世間に顔が広い冬李さんが彼女を擁護する記事を書いても、不特定多数の人達には読まれず、時は過ぎて行き「犯罪者を擁護する悪助手」何て最近ではネットで叩かれている。
彼ら、大衆は愚かだ。
どうして同じニンゲンである人達にこんなにも酷い仕打ちが出来るのだろう。
翠花さんだけでは飽き足らず、真実をなるべく伏せて、でも事実を事細かに描写した読みやすい冬李さんの記事にも、同じような事を繰り返している。
大衆は真実はおろか、事実さえ求めていない。
ただ自分たちが納得できて、面白がれる様な嘘偽りだらけの「ストーリー」を求める。
自分たちが信じたい物だけを信じて、自分たちが信じたくない物は記事の見出しを少し目視しただけで、読みもしない。
大衆……、善良な街人達は、「自分たちは間違っていない」、「自分たちは正しくて、そんな嘘だらけの記事を誰が信じる」そう言って、彼らは「中学生雑居ビル事件」の犯人が翠花さんであるとずっと主張を続ける。
あくまでそこは〝善良〟な街人として。
秋棲亮平の死が翠花さん以外の人に殺されたのだとしたら浮かばれない。
何故なら、今までして来た「自分たちの主張」が正しく無い、間違っている行為だと認めざるを得ないから。
そうすれば、次に石が投げられる人物は誰か、そんな事僕にだって容易に想像ができる。
大衆は、それだけは避けたかったのだろう。
「え!?瀬凪くん!?どうしてここに!?」
「どうしてって……ここ僕と店長のお店だし」
「そうやなくて……部屋で籠もってるって店長が……!」
「今日から復帰するんだよ。二週間も休んじゃったし、これ以上は店長に悪いから」
「そう、なんだ……。よかったぁ……」
バックヤードから現れた僕に、幽霊でも見たような顔をして驚く2人。
失礼だな、と少し頬を膨らませ、店長のいるキッチンへと足を踏み入れた。
どうやら2人はあの事件の後、僕を心配して一日置き位の頻度でコルリスに来てくれていたらしい。
僕も、本当は今日もコルリスを欠勤しようと思っていたのだが、2人と店長に心配をかけまいと顔だけ見せに降りて来たのだ。
それから、冬李さんの事も気がかりだった。
僕に代わって自分から大衆から見た「悪」になってくれた彼が、僕の様な事態になっていないか、心配だった。
「望命、くん……その、冬李さん大丈夫……?」
「え、冬李さん?あぁ〜……うん、まぁ……ね」
「あ、あはは……せや、な。うん、酷いわ」
「え……、」




