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魔女と独りぼっちのアルラウネ

作者: アラカブ
掲載日:2025/04/19

 松明を携えた魔女が一人、瘴気に呑まれた深く暗い森の中をゆっくりと歩いていた。小さな体格に合わぬ魔女帽子から紫紺の三つ編みをはみ出させた彼女は煩雑に生い茂った草木を掻き分け、無造作に散らばっている腐肉や白骨に足を引っかけ転ばぬようにと用心深く足取りを進めていた。


「まったく、良さそうな触媒の宝庫だと思って山の権利ごと森を買ったは良いものの……瘴気以外にも問題だらけね。ちょっと触れば毒を撒きちらすキノコ。急速に成長と衰弱を繰り返す低木群。腐臭垂れ流しの毒川。ここまで荒れていると触媒の運び出しも無理。買う前に下見くらいすれば良かった」


 何故か放棄も同然の価格で売りに出されていた権利を裏の事情など特に考えずに買い取った浅はかな魔女、トルパースは森の内情を目の当たりにしても何処か楽観的だった。

 彼女が生まれるはるか昔に突如出現したという瘴気の森。百年ほど前までは管理されていたようだが今では野放しにされていてこの有様だ。


「これじゃあ触媒探すどころじゃないわ、先に森の中に拠点を構える事を考えた方が良いかもね」


 少し吸い込むだけで様々な病気にかかるとされる瘴気も彼女にとっては大した問題では無かった。しかし、瘴気だけならいざ知らず、様々な障害が複合しているとなれば安全の確保で手一杯になってしまう。

 そうならないように先に安全地帯を作って瘴気や障害の影響を受けないエリアを少しずつ広げ、本来の目的である触媒採取に集中出来る環境を整えようという算段を彼女は付けていた。


「ま、想定よりは腰を据える羽目になりそうだけどなんとかなるでしょ」


 ちんちくりんで若々しい見た目とは裏腹に100年以上魔女として生きてきた彼女は今までの経験に裏打ちされた自信と天性の勘の所為で何事も軽く見てしまう悪癖が付いてしまっていた。

 今回の瘴気の森の件も解決出来る前提のようだ。まるで今まで繰り返してきた課題を片手間に終わらせるかのように彼女の表情はあっけらかんとしていた。


「とりあえず一回帰って準備してこようかね。まずはアレな兄弟子の店に寄るとするかな」


 そう言って彼女は踵を返して家に帰ろうとしたその時、視界の端に人影を捉えた。

 手練れの魔法使いでなければ呑まれる瘴気まみれの森で迷子とも考えにくい。しかし、購入した時に誰も住んでいないとは聞いている。ならば彼女が見ている人影は……?

 彼女は抱いた疑問のままに見えた影に近づいていき、人影の正体を探る。音を立てて近づく彼女にその影の主は気付いていないのか微動だにしない。

 一歩、また一歩と草木をかき分けながら接近し、ついに捉えたその影は……


「……アルラウネ?なんでこんなところに?」


 アルラウネ。この世界に存在する怪物の一種であり、一般的には大きな花冠の中から女性の体が生えたような姿をしている。生態として人間を誘惑して害を為す傍迷惑な存在だ。

 トルパースが見つけたアルラウネはこの森に自生している翡翠色の花のような花冠から同じく翡翠色の長髪が美しい女性が上半身をのぞかせていた。一般的なアルラウネと比べるとやや大きく、トルパースより少し高めだった。肌色こそ人間の範疇だが体のあちこちから葉や蔦、色とりどりの花が生えている。色鮮やかな怪物は陰鬱な森からは浮いており、まるでアルラウネだけがこの森から切り離されているようだった。


「アルラウネがいるって話は聞いてなかったのだけどね……最近生えてきたのかな?こんな場所に生まれるなんて不運な奴ね……それにしても綺麗ね、アルラウネなのが残念だけど」


 幸いにもアルラウネは安らかな表情で眠っており、目の前にいるトルパースには気づいていない。今なら討伐する事も魔法で勝手に契約して手駒にすることも出来るだろう。彼女の一存でアルラウネはどうすることだってできるのだ。

 しかして彼女の選択は……だ


「今は面倒くさいし見なかったことにしよ」


 何もしない、だった。

 所詮はアルラウネ、魔女にかかれば造作もない。というのがトルパースの出した結論だ。事実としてアルラウネという怪物は実力ある魔法使いや魔女にとってはちょっとした障害でしかなく、それ故に見逃されることも少なくはない。もちろん進んで危害を加えないのであれば、だが。

 そうして問題の先送りを決定した彼女は改めて踵を返して家へと歩みを進めるのだった。


「それにしても、こんな森に生えるなんて運の無いアルラウネね。ろくに陽を浴びることが出来ないなら弱る一方でしょ。人を襲うにしても才の無い奴はここに来るまでにくたばっているし才有る者はアルラウネにやられる訳がない……まぁ私が手を出すまでもないでしょ」


 実際アルラウネという怪物はある程度植物の成長に適した環境でないと急速に弱っていく。最低でも太陽の光とある程度綺麗な水が無ければ生きていけない。人間から生気を奪う事である程度の誤魔化しは効くがここまで酷いとどうしようもない。地面に根を張るせいで動くこともままならない彼女達にとって出生地が全てと言っても過言ではない。トルパースが見たアルラウネは死ぬために生まれてきたようなものだ。




 ………………本来ならば、




「……あれ?戻って来ちゃった?おかしいな……来た道をそのまま戻ったはずなのだけど……」


 一度家に戻って触媒採取の準備に取り掛かるはずだった彼女は家に戻ることなくまたアルラウネがいる場所まで戻ってきてしまった。

 おかしい、真っすぐ進んでいたのに戻ってしまうなんてことはあり得ない、私が道を間違う事もあり得ない。その確信故に瘴気の森を迷宮に変えうる存在に彼女は簡単にたどり着いた。

 目の前のアルラウネだ。この怪物が周囲の森を支配して魔女の方向感覚を狂わせている、もしくは森を作り変えて迷子になるように仕向けているのだ。

 こんなことが出来るほどの力を持ったアルラウネは早々居ない。彼女の本能が警鐘を鳴らしていた。ここは危険だ。今すぐ逃げろ。そうでなければ……脳裏をよぎった可能性を否定するようにトルパースは首を横に振る。


「ウチの考え違いって事にしておきたいのだけどね……」


 今思えばこんな場所のアルラウネにしてはあまりにも顔色が良すぎる。とてもじゃないがこんな場所で生まれたアルラウネのそれではない。ここですら衰弱する様子が微塵もない、劣悪な環境ですら平然と生きていられる力があるのだ。


「……面倒くさいし放っておくつもりだったけど仕方ないか」


 この森から脱出するには目の前のアルラウネをどうにかするしかない。怪物は未だ眠りから覚めぬ。が、強大な力を持つ者が害意に反応して起きないとは言い切れないので下手な事は出来ない。

 浅はかな魔女は少し思案し、本人なりの最善を選んだ。それは…………


「おい、起きろアルラウネ。あんたの所為でこの森から出ることが出来なくなっているからどうにかしろ」


 直接交渉だった。原因が目の前のアルラウネにあるのなら本人に解決させようという短絡的で一番平和的な解決法を彼女は選んだ。

 人間や類似する種族を誘惑する生態をしているアルラウネだが、言い換えればそれを出来るだけの知能を有しているという事だ。生まれた場所から動くことが難しい彼女らは生存の為に手段を選ばない、ならば交渉という穏便な方法で済ませる事も出来るのではないかという考えだ。


「こら、起きているのだろ?少しは何か返事しなさいよ」


 トルパースが声をかけても返答はない。しかし、彼女が問いかけるたびにアルラウネは少しずつ表情を強張らせていく。苛立ち、憤怒、歓喜、困惑、悲嘆、渇望……どれとも言い切れぬ感情を露わにし、それでもアルラウネは彼女には言葉を返さない。

 一切話が進まない事に苛立ちを隠せなくなってきた彼女は強硬手段を取る必要性も考慮に入れ始めていた


「ちょっと?いい加減にしないとこっちにも考えがあるんだから……ね?」


 痺れを切らして恐喝の手段を取ろうした直後、トルパースの後ろから乾いた音が聞こえてきた。

 こんな森だ、誰もいるはずがない。実際に振り返っても誰もいなかった。少し風か吹いただけだろうということにして意識から外し、アルラウネに目を向ける。

 けれども異音は少しずつ大きくなり、森全体から響き渡っているとすら思えるほどのそれはまるで木が軋むような……


「えぇい!なんだいもう、ぎしぎしとうるさいね…………はぁ?」






 森が、蠢いていた




 改めて彼女が振り返ったそこに広がっていた光景は彼女にとっても見た事無いものだった。

 木々はうねりくらり地面を走り、毒川は駆けり跳ねて空を泳ぐ。瘴気は重なり光を食らい、影はさらに黒を付け足す。在るもの成すもの全てが廻り、森の相貌は逆さまに上る。


 それはまるで、アルラウネの心を映した鏡のように────────




「あっはっは!なんだいこりゃ!何もかも滅茶苦茶ね!」


 森の変容ぶりを目の当たりにしたトルパースは子供のように笑う。唸る木々から伸びた枝が体を貫き、空を流れる毒川が彼女を呑み込んでなお、何事も無いように平然とした表情でアルラウネを観察する


「この森全てがあんたの支配下……いや、逆か。この森があんたそのものか。ははっ、こりゃ一等級の化け物ね。良い買い物したかなこりゃ。」


 森から出られない苛立ちなど彼女はとうに忘れており、目の前の怪物をどうやって自分に服従させるかということで頭がいっぱいだった。

 取引や餌付け、騙して魔法の契約を結ばせる。選択肢はそれなりにあるが彼女が選んだ答えは、とりあえず殴って言う事聞かせよう。だった、実に浅はかである。

 そうと決まればあとは単純明快、力尽くでぶん殴って言いなりにさせる。その一点に向かって突き進めばいい。

 それに、だ……


「あんたが起こしているのは所詮物理的現象。ウチからしたら障害にもならないね。」


 彼女は何事も無かったかのように歩き出し、体に刺さった木々も、毒川の濁流も、彼女を害するものなど始めから存在しなかったかのようにすり抜けた。

 『狂霧夢幻(ルナティック・ドリーム)』。軽薄で面倒くさがりな魔女を支える彼女の固有魔法。狂った者が見る幻覚のように、実体はなく、だけどそこにいるかのような錯覚に陥る。触ろうとしても触れない、だけど確実に存在する。そのような形に彼女自身の体を変化させた。

 まさに今、トルパースは狂気の幻影としてこの世界に顕在している。


「ウチに一発入れたかったら精神か概念にでも干渉するんだね!」


 言葉の通り、この状態の彼女に物理的攻撃は通用しない。幻覚を殴っても手応えがないのと同様に物体を伴う攻撃は彼女の体を全て透過する。

 とは言え無敵かと言われるとそうではない。この魔法は彼女の言葉の通り非物理的な攻撃手段に弱く、それらを防ぐには異なる防御手段を併用する必要があり魔力消費の観点から見てもあまり現実的ではない。


 アルラウネはトルパースの言葉を聞いてすぐさま地に生えたあらゆるキノコから胞子を飛ばした。彼女の挑発を聞いた上での行動となれば所詮胞子と油断してはならない。触れるか、吸い込むか、あるいは包まれるか。なにかしらの条件をみたすと精神に影響があると見ていいだろう。


「おっと、こりゃうかうかしてられないね!」


 掲げていた松明をアルラウネに投げつけ魔女は空を飛ぶ。松明は目を閉じたままのアルラウネにはじかれたが彼女は気にしていない。それよりも問題はこの胞子だ。胞子が辺り一面を覆ったら取り返しが付かない……ほどではないが骨折りを強いられるのはあまり喜ばしくない。早々に決着をつける必要が出てきた。


「多少乱暴にいかせてもらうよ!『ι(拡大)』!」


 魔女帽子の中から圧縮されたお気に入りの杖を取り出し、元のサイズまで拡大する。それは小さな彼女の体を超えて拡大し、杖というには不相応と言えるサイズにまで大きくなる。2mはゆうに超える杖を彼女は悠々と操り、くるくると回しながら杖先をアルラウネに突き付ける。杖先に圧縮された魔力はきらびやかに光っており、今にも放たれんとしていた。


「『文字省略(ショートカット)順風従事(ウインドディレクション)』」


 弾けるように放たれた光は風を纏いながら数多にも分岐し、ある光は真っすぐ一直線に、もしくは回り込むように、はたまた蛇のように……それぞれが自分勝手な線を描きながらアルラウネに向かって突き進む。

 アルラウネは自身や地面、傍らの樹木から伸ばした枝や蔓を使って投げつけられた松明と同じように迎撃する。ほぼ全ての光線を防ぎながらも全てを防ぐことは出来ず、防御を潜り抜けたそれはアルラウネの左肩を貫いた。


「なんだいこんなものかい?こっちはまだまだ準備運動よ?」


 体に大穴が開いたにも関わらずアルラウネの表情が苦痛に歪むことは無い。それもそのはず、どこからか伸びてきた蔓が左肩に開いた穴を塞いでいる。蔓はアルラウネの体と同化して傍目には元から穴など無かったように見えるだろう。

 むしろ歓喜と渇望の相を強く露わにするアルラウネを見てトルパースは怪訝な面持ちを浮かべた。彼女にはアルラウネに発露した表情の意図が読み取れなかった。闘争の興奮、劣る者への軽蔑、そのどちらでも無いと確信しつつもその真意にたどり着くことは無かった。


「……まぁいいや、それじゃあペースを上げるよ!『文字省略(ショートカット)順風従事(ウインドディレクション)』『文字省略(ショートカット)飄然雹害(アンヘイズル)』『文字省略(ショートカット)演舞焔焔(スプレッドファイア)』!」


 答えにたどり着くための情報が足りていない考察は早々に切り上げ、アルラウネを屈服させるために怒涛の勢いで攻め立てる。風を纏った光線で足りないなら煩雑に降り注ぐ氷で、それでも足りないなら永遠に燃え続ける炎で。

 放たれた魔法は吹きすさぶ嵐となり、アルラウネの再生能力を力尽くで上回らんと襲い掛かった。


「それ!そら!そぉれ!あははははは!!!」


 魔女の高笑いと魔法の爆音が陰鬱な森に鳴り響く。魔法による飽和攻撃は木々を壊し、大地を抉り、アルラウネを穿つ。キノコの胞子など簡単に吹き飛び、むしろ舞い上がった土煙がアルラウネの姿を隠す。

 そんなことは関係無いとばかりにトルパースは攻撃の手を緩めない。一応アルラウネを使い魔にするという目的もある以上生死が分からない状態は宜しくないのだが……彼女はそんなことはお構いなしである。


「どうせこれくらいじゃ大したダメージにならないでしょ?出来る事やれる事もっとウチに見せなさい!」


 森そのものがアルラウネと言えるほどの怪物ならこれくらいじゃ死なないという魔女の直感に従い追撃を続ける彼女。

 その声に応えるように土煙の中から数え切れぬほどの蔓がトルパースを囲むように顔を出す。


「『文字省略(ショートカット)気炎軌道(アレスオービット)』」


 魔法によって生成された巨大な炎の剣は魔女を中心とした円軌道上で周回する。軌道上に成長していた蔓は全て焼き払われ、範囲外に逃れていた多くの蔓も炎の熱にあてられて焼け焦げた。

 それでもなお焼ききれなかった一本の蔓は急速に成長し、蕾を付けて花が咲いた。その花はひたすらトルパースだけを見つめて……


「……こりゃ、ちょっと不味いかな?」


 魔女の勘はよく当たる。生き残り咲いた花は魔力を大口径レーザーの如く放出する。所詮魔力の塊、そう決めつけて無視してもよかったはずだが彼女は自身の直感に身を任せて回避を選択した。

 魔法による絨毯爆撃を中断し、虫の知らせの真意を探るべく魔女帽子に仕込んでいた小さな蛙をレーザーの中に放り投げる。レーザーに呑み込まれた蛙は瞬く間にバラバラになり消失した。


「巻き込まれたら消滅……!?アルラウネという種族から想定できる力からぶっ飛んでないかな!?・・・いや、」


 けれども彼女は蛙が消失した地点から発生した少量の水を見逃していなかった、。完全に消し去るなら水も存在していないはず。消えた蛙の代わりに置き換わったなら消失ではなく別の現象となる。

 レーザーの照射先を見てみると、蛙だけでなくアルラウネの一部であるはずの木々も消滅しており、毒川も照らされた部分だけ澄んでいた。

 水は消失しておらず、動物や植物が水に変換されているとなればレーザーが起こしている現象にも見当が付く。


「消滅じゃなくて分解……かな?消滅よりかはまだ理屈は通るが……」


 だとしても有機物分解レーザーは植物系の怪物の範疇を超えてないか?という疑問は残るが森そのものなら微生物も能力の範疇なのだろうと無理矢理納得する。

 とはいえ納得したところで状況は変わらない。物理的な分解か概念的な分解か分からない以上『狂霧夢幻(ルナティック・ドリーム)』に頼るのは危険だ。導き出した結論に従いレーザーを放ってきた花を『気炎軌道(アレスオービット)』で焼き切る。


「これで終わり……そんなわけはないね!」


 彼女の言葉通り、土煙も晴れて胞子が充満し始めた大地から幾多の蔓が新しく成長する。それらの蔓は蕾を付け、花を咲かせ、『気炎軌道(アレスオービット)』によって大半が灰を散らす。焼ききれなかった花から放たれるレーザーを回避し、改めて全てを焼き払おうとする。

 それを防ぐかのように蔓は増え続け、少しずつ焼け残る花が目立ち始めた。一つ、また一つと増え続ける花は森をレーザーで埋め尽くし、トルパースが存在するエリアをアルラウネそのものと言える森ごと分解して狭めていく。


 花の処理が追いつかなくなりトルパースの逃げ場が失われた。数多もの花が彼女を見つめ…………


「……あー、失敗した」


 彼女を分解し、トルパースの体は水と気体となった






 アルラウネは自身の損傷など気にもせず歓喜の相を強く露わにする。

 久しく、とても久しく、永遠とも思えた孤独の歳月の間現れなかった友達(・・)がやっと私に会いに来てくれた。言いたいことは沢山あった。どうしてと怒りたかった。久しぶりだと喜びたかった。それでも私達は今までのように戦い、しのぎを削り、友達を消し飛し、私の一部になった。

 それでも友達は私に会いに来てくれる。きっと今回も…………






 アルラウネは久しく忘れていた感情を吸い上げることに夢中で森の中に潜む小さな違和感に気付くことが出来なかった。


 その違和感はゆっくりと、けれども確実にアルラウネに近づいて行った。






「……動くなよ?あんたと森を繋ぐ魔力の流れは断ち切った。これで無暗に再生出来ないだろ?死にたくなかったら私の言う事を聞けーい!……なんつって」


 アルラウネは背後から聞こえた声に驚愕し顔を向ける。それは本来聞こえるはずの無い声、今まさに消し飛ばされたはずの魔女の声だ。

 トルパースは何事も無かったかのようにアルラウネの背後に立ち、手慣れた手つきでアルラウネが再生する手段を切った。今肩を貫けば穴は塞がらず、首を落とせば頭は大地に転がる。

 魔力の流れが切れたことで森は静まり、瘴気も薄くなった。魔女に対抗する手段を失くしたアルラウネはもはや魔女の掌の上と言っても過言ではなかろう。

 しかしそんなことはしない。怪物を服従させたい魔女はあくまで脅しとしての手段として魔力の流れを切ったからだ。


「まったく、ウチじゃなかったら死んでいるよこれ」


「ドウ……ヤッテ……?」


「なんか片言だし声掠れているねあんた。引きこもりすぎて声の出し方を忘れたのかい?……まぁいいや。単純な話さ、狂気に侵された奴の認識なんて当てにならないってね」


 何処までが狂気で、何処までが現実か。世界の認識なんて簡単に誤魔化せる、と魔女は口にする。それが彼女の固有魔法『狂霧夢幻(ルナティック・ドリーム)』の真骨頂。魔法の解除と自身の魔力の殆どを犠牲にして魔女が認識した不幸をもみ消す。

 嫌な夢は忘れてしまえば良い、死にそうな目にあったら無かったことにすれば良い。狂気が見せる夢は何時か霧散し幻となり、世界は夢を忘れて現を生きる。


「ま、相手が悪かったと思って諦めなさい、ウチの言う事を聞くなら悪いようにはしないからね」


「イイ……ヨ、マタ……ムカシ……ミタイニ……アソ……ボ……」


「あん?何言ってるんだい?」


 このアルラウネが紡ぐ言葉に魔女は疑問を浮かべる。魔女にアルラウネの知り合いはいない。なんならこのアルラウネとは今日が初対面だ。またとか、昔みたいにとか、まるで旧友に投げかけるような言葉を受け取るような間柄ではないはずと魔女は考えているとアルラウネが更に言葉を重ねる。


「マッ……テタ…………ワタシハ、ヤクソク……ズット……ズット……ソレナノニ……!」


 なぜかアルラウネは怒りの感情を爆発させる。怒気をトルパースにぶつけようと言葉に自身の気持ちが乗って声が震える。

 そんな感情を向けられる心当たりも無ければ筋合いも無い。アルラウネの理解出来ぬ行動を流しつつ突拍子の無さの理由を探る。


「まぁ待ちな、なんで怒っているのかは知らんが私に言われても心当たりは……あ。」


 怒りに任せて言葉を口にするアルラウネをなだめようとしたその時、トルパースはある結論にいたる。


「あっはっはっ……なるほどなるほど」


 なぜここまで強い思いをぶつけてくるのかに気付いた魔女は声を出して笑った。確かにそれなら私にぶつけてくるのは仕方ないのかもしれない。そんな馬鹿馬鹿しい理由に魔女は笑わずにはいられなかった。

 魔女はアルラウネと森を繋ぐ魔力の流れをあえて修復し、愛用の杖をさらに拡大する。そうして魔女は満面の笑みで杖をおおきく振りかぶって────






「人違いだバカヤロおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




 ────全力でアルラウネをぶん殴り、上半身を消し飛ばした。


 声の出し方を忘れるほどの年月が経っているのなら仕方ないのかもしれない。しかし、身に覚えのない怒りをぶつけられて流せるような性格を魔女はしていなかったのである。

 消し飛ばされた上半身は何事もなく再生した。しかし、一貫して閉じていたアルラウネの瞳はついに開き、その表情は困惑に満ちていた。


「はぁ……はぁ……あー、スッキリした」


「エ……チガ……アレ……?」


 よく見ると目尻に涙を浮かべており、何が真実で何を信じればいいか分からないといった様子だ。

 トルパースは呆れて、しかしアルラウネを落ち着かせるように穏やかな声を作って話しかける。


「まったく、戦っていて気づかなかったのかい?」


「ニンギョウ……イツモ……カワル……カラ……」


「んー?遠隔操作の人形使い?それなら気付かないか……?」


 確かに人形に魔力の糸を通して操る人形使いなら瘴気は問題にならないし姿は簡単に変えられる。しかし、人形を変えようがそれに通す魔力は同一で、それなら魔女の魔力と簡単に区別できるのではという疑問を払拭することは出来なかった。


「まぁいいや、もう来ない奴の事を気にしていても……ね?」


「……………………トモダチ、ナンデ……コナイ、ノ?」


「知らないね。寿命とかで死んだとかかな?」


「……シ……シン…………ダ?」


 魔女は興味を失くした奴に時間を割こうとはしない、アルラウネの問いにはそれっぽい理由を適当に返す。

 実際、魔女の予想は正しく、瘴気の森の旧管理人である人形使いは寿命で死んだ。その結果、森を管理出来る者が居なくなり、アルラウネは孤独となった。


「おそらくね。今思えばこの森の権利が投げ売りされた理由もこれかな」


「………………トモダチ、シン……ダ……シンジャ……タ…………ウ、ア、アアアアアアアァァァァァアアアアアアアア!!!」


「あーもう!泣くな泣くな!」


 友達が既にこの世を去っているという可能性を突き付けられたアルラウネは魔女の目も憚らず大声で泣いた。ここから動けないアルラウネにとって人形越しだとしても会いに来てくれる存在が大きかったのは容易に想像がつく。

 トルパースはそっと花冠に座り、アルラウネの頭に手を添え、落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。口では泣くなと言いつつ魔女はアルラウネが自然と泣き止むまで寄り添い続けた。








「……落ち着いたか?」


 アルラウネは魔女の声に無言で頷く。目は腫れて鼻水を垂らし、顔は形容するのも馬鹿らしくなるくらいぐちゃぐちゃになっていた。


「ははっ見てられないくらいぐちゃぐちゃね……まぁ、私もそんな顔した事あるから笑いはしないよ」


「ア、リ……ガト……?」


「気にするな。誰だって泣きたい時くらいあるさ……あー、こんなことしたってクソ野郎共に知られたくない……バレる前にノすか?」


 先ほどまで高笑いしながら戦っていた魔女とは思えぬほど落ち着いており、アルラウネに対して優しさを見せる。その一方で兄弟弟子に対しての短絡的な悪巧みも並行して行っており、きっとどちらも魔女の本心なのだろうとアルラウネは感じ取っていた。


「まぁいいや、あんた……えぇっと、名前は?昔の友達からなんて呼ばれていたんだい?」


「ガラ……テア……」


「ガラ!?なんて名前つけているのよ……おっも」


 ガラテア。トルパースにとって遠い遠い昔に生きていた著名な彫刻家が自身の最高傑作に付けた名前だ。人形使いにとってその名前を付ける事がどれだけの意味を持つかこの世界を生きる者ならば想像に難くない。


「ナマエ……ヘン?」


「いや、良い名前ね。それで、ガラテアにお願いがあるのだけど……っとと」


 ガラテアが落ち着いたのを見計らい、本来の目的である触媒探しの為の交渉をする為に立ち上がろうとする。しかし、魔女は眩暈によってふらつきアルラウネの花冠に横たわってしまう。


「あー……魔力切れか。ま、切り札まで使ったし当然ね」


 トルパースは自身が保有する魔力の殆どを『狂霧夢幻(ルナティック・ドリーム)』の切り札として消費し、残ったなけなしの魔力も杖を大きくすることに使ってしまい枯渇してしまった。

 魔力が無くなっても死んだりはしないが回復するまでの間は尋常でない倦怠感に襲われて瘴気の対処すら苦労する羽目になる。それ故『狂霧夢幻(ルナティック・ドリーム)』の解除は切り札であり最後の手段なのだ。

 魔力が枯渇し、疲労困憊な彼女は体を起こす事すら叶わずにいる。アルラウネに何かされても抵抗すらできないだろう。


「ダイ……ジョウ、ブ?」


「少し休めば平気、悪いけどあんたの花冠の上で休ませてもら……いや」


 ガラテアは魔女に対して何かをすることもなく、自分にしてもらったように傍で寄り添う。

 そんな彼女を見てトルパースは何かを閃き、小さな体格に釣り合う悪ガキのようなニヤリ顔でガラテアを見つめる。


「ドウ……シタ、ノ?」


「悪いけどさ、ちょっと顔を近づけてくれない?」


「……ン?」


 ガラテアは魔女の言葉に疑問を持ちつつもゆっくりと顔を魔女に近づけた。魔女は気づかれないようにガラテアの頭の後ろと背中に自らの腕をゆっくりと持っていき……


「隙あり」


「エ……!!?」


 手繰り寄せてアルラウネの唇を奪った


 ガラテアは何をされているのか全く分からなかった。自分の口の中に魔女の舌が入り込み、自らの舌と絡み合った。魔女の舌は口の中で動き回り、アルラウネは今まで感じた事の無い不思議な感覚を覚える。

 魔女によって好き放題弄ばれてこそいるがこの行為に敵意や害意は一切無い事は理解している。それでも自身を襲う奇妙な感情をどう処理すればいいか分からずアルラウネはむやみやたらに藻掻いて抵抗する。


「ン~~~~!ン!ン……ンン!!!」


「うぐっ……ちょっと暴れないの……!」


「ン~~~~~~~!!!」


「仕方ない、ちょっと本気出すからね……ん。」


「!!?」


 何も知らないガラテアの抵抗もむなしく魔女の好き放題弄ばれ続けた。時間にしてほんの数分ではあるがアルラウネにとっては久遠とすら思えた。それこそ友達を待ち続けた今までと同じくらい長く感じて……








「……ぷはぁ!あー美味しかった!やっぱり効率は悪くても他人の魔力を吸うのは止められないね。」


 ガラテアから魔力を吸い取ったトルパースは倒れていたのが嘘かのようにすっかり回復し、花冠から飛びあがる。


「濃厚なコーンスープのように重い味わい、それでいて喉越しはスッキリしていて飲み続けても不快感や拒否感が少ない。おかげでウチの魔力も全回復どころか漏れ出そうなくらい有り余りね。おかげで時間かかったけど」


 魔女曰く魔力の味には個人差があるようで、水のような魔力やヘドロとすら思えるような魔力の持ち主もいるらしい。ガラテアは濃いスープに近く、食事として楽しめる魔力とのこと。

 ちなみに魔力吸いは常習犯で妹弟子にはサキュバス呼ばわりされた事もあるらしい。性的な意味は無いとレモンサワー(妹弟子)ちゃんには反論したそうだが信じてもらえないそうだ。自らの行いを顧みて欲しい。


「クチ……シタ……?オイ……シ……イ……?」


 一方濃いコーンスープ扱いされた子は真っ赤な顔で放心しており、まさに茫然自失といった感じだ。吸い取られた魔力自体はガラテアにとって何の影響も及ぼさない量だが魔女にされたことを受け止め切れておらず、感じた事覚えている事をひたすら反芻している。


「おーい……おーい……。おいガラテア、大丈夫か?」


「ア、エット……ダイ……ジョウ、ブ」


「……ならいいけど」


 魔女の声によって正気に戻ったガラテアは今の出来事を無理矢理呑み込んで消化する。魔女の行為の真意や意味をしないまま……。


「さて、ウチは一旦帰らせてもらうよ。外に出るための道を作ってくれ」


 トルパースはお気に入りの杖を魔女帽子に入る小ささにまで縮小し、転がっている松明を拾い上げる。拾ったそれで彼女の家がある方角を差し、帰り道をガラテアに作るよう要求する。

 しかし……


「ダ……ダメッ!」


 ガラテアはここから去ろうとする魔女の手を蔓で縛り、掠れた声で引き留めようとする。その顔は先ほどの余韻で火照ってはいるが目に涙を浮かべており、言葉が続かないながらも口をパクパクと動かして何かを魔女に訴えている。


「……もしかして、ずっと一緒にいて欲しいのかい?」


 真意に気付いてくれた魔女の言葉に強く頷く。


「心配するな、すぐ帰ってくるつもりさ。元よりそのつもりだったからね」


 この森における魔女の本来の目的は触媒の採取だ、これは長期的になる見込みであり元からガラテアに言われなくても当分の間は森の中に住む予定だった。


「デ、モ……ダッテ……」


「あー、そういうことね。全く……」


 長い間友達を待ち続け、森の中で独りぼっちだった影響で自分の元から去られることに酷くおびえるようになってしまっていた。魔女はアルラウネの気持ちを理解してしまったと同時にだからこそきちんと準備するために帰らなければならないと結論が付いてしまい頭を悩ませる。


「……アッ、ゴ、ゴメン……ナサ、イ」


 魔女を困らせていることに気付いたガラテアは蔓を解いて謝罪する。しかし、魔女はひどく狼狽したアルラウネの顔に気付いており、このまま帰ってはのちに面倒くさい事になるだろうと予感していた。


「仕方ない。ガラテア、腕をだして」


 トルパースは差し出された右腕をため息交じりに握り、魔法を唱える。




魔法・ω・μ・θ(解析・連結・変化)


因果の鎖は縁を繋ぎ、心の底を映し出す

虚と実の境を揺れ、友の願いに思いを馳せる

一つの願い、二つの心、運命を楔に共振せよ

(ウチ)と友を繋ぐ絆、決して千切れぬものと知れ


友愛共有(ペンデュラムセンス)




 文字省略(ショートカット)ではなく正式な詠唱を持って発動された『友愛共有(ペンデュラムセンス)』には派手な効果があるわけでも無い。体を書き換えるようなものでもない。

 効果は単純。この魔法で繋がれた二人はお互いの位置と感情が心の深い部分で感知出来るようになる、ただそれだけ。

 どれだけ離れていようと寄り添ってくれている様な感覚になれるが、一方が強すぎる感情を持つともう一方の心が押しつぶされて壊れてしまう危険さも併せ持っている。


「……はい、終わり。私が帰って来るまではこれで我慢していてくれよ?」


「ウン……ウン……!」


 魔女の言葉にアルラウネは強く頷く。『友愛共有(ペンデュラムセンス)』で繋がれた時にガラテアも危険性が理解できた。そして、それでも繋いでくれたトルパースの優しさも。

 面倒くさがりで、短絡的で、自分勝手だとしても、その優しさだけでガラテアにとっては十分だった。






 帰路に着く魔女の背中を見送り、アルラウネは再び瞼を閉じた。また静寂の森に独りぼっち、それでもガラテアは悲しむことなく魔女を待ち続ける。

 ガラテアはこれから魔女にいっぱい無茶振りをされるでしょう。森の権利書片手に横暴な命令をするかもしれません。魔女の兄妹弟子とのゴタゴタに巻き込まれるかもしれません。また魔力を吸い取られるかもしれません。

 それでも、アルラウネを蝕んていた今までの孤独と比べたらちっとも辛くありませんでした。


 これからの生涯、魔女とアルラウネが独りになる事は二度と無かったとさ












 ……翌日、アルラウネの元に瀕死の魔女が転がり込んで来る事になるがそれはまた別のお話


レモンサワーちゃん「次あったら操って着せ替え人形にしてやる・・・!」


なお固有魔法の相性が悪いため次も好き放題吸われる模様。


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