2-1 神殿、そして――
朝日が昇り、ルイナを乗せた神殿の馬車は村を出発した。
窓の外には見慣れた風景。畑を耕す村人たち、家の前で干された洗濯物、遊ぶ子どもたちの笑い声――。
(……もう、戻ってこられないのかな)
そう考えると、少し寂しさが込み上げる。
馬車はゆっくりと村を離れ、道を進んでいく。舗装されていない道のため、車輪が石を踏みしめるたびにゴトゴトと揺れる。その振動が次第に身体に負担をかけてきた。
「……スオリス、乗り心地いい?」
ふと、ルイナは胸元のペンダントに囁いた。
「私は宙に浮いてるから関係ないわ♪」
「……羨ましい」
馬車の硬い座席に揺られ続けるルイナにとって、それは少し恨めしい返答だった。
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馬車が進むにつれ、ルイナは村にいる間に集めた情報を思い返す。
(思ったより早く迎えが来ちゃったから、あまり詳しくは分からなかったけど……)
神殿が魔力量の高い庶民を管理していること、光属性の適性を持つ者を特に探していること、そして精霊契約者が神殿や貴族にとって重要な存在であること――。
「神殿って、そんなに庶民の魔力にうるさいの?」スオリスが疑問を投げかける。
「……少なくとも、自由にはさせてもらえなさそう」
ルイナは窓の外を眺めながら呟いた。
青々とした草原の向こうに、白くそびえ立つ建物が見えてきた。
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馬車が神殿の前に停まるころ、日はすっかり傾いていた。
白を基調とした壮大な建物。天を突くような尖塔が連なり、整然と並ぶ神官たちの姿が見える。その場の空気は厳粛で、静寂が支配していた。
「……すごい」
ルイナは、圧倒されるような感覚を覚えた。
馬車を降りると、周囲の神官たちの視線が一斉にルイナへと向けられる。
「庶民の娘が神殿に?」
「何か特別な理由があるのか……?」
囁かれる声に、ルイナは思わず身をすくませた。
「歓迎ムードって感じじゃないわね」スオリスが軽い口調で言う。
「……まあ、そりゃそうだよね」
完全にアウェーだった。
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休憩を取る間もなく、案内されたのは神殿の奥にある荘厳な部屋だった。
その中央に座るのは、白髪の壮年男性――神官長だった。
厳格な表情ながらも、柔和な微笑を浮かべている。しかし、その奥に潜む何かをルイナは感じ取った。
「ルイナ・アーデル……貴女が、例の魔力量が突出した娘ですね?」
「……はい」
「では、さっそく魔力を測定しましょう」
部屋の中央に置かれた魔力石に、ルイナはそっと手をかざした。
次の瞬間――。
パァァァァッ!!!
魔力石がまばゆい光を放ち、赤、青、緑、黄、白、黒――あらゆる色が浮かび上がる。
全属性持ち。
「……なるほど。これは確かに、特別ですね」
神官長の声に、周囲の神官たちがどよめいた。
「現時点で使えるのは水魔法のみ……しかし、訓練すればすぐに他の属性も使えるはず」
「聖女候補として育てるべきでは?」
神官たちがざわめき始める。
ルイナは戸惑いながらも、この場の流れを受け止めるしかなかった。
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「あの……私、水の妖精と契約しているんですが……」
ふと、ルイナは切り出した。
神官長の表情がわずかに動く。
「妖精……? それはないでしょう。だとしたら……」
「本当に妖精? 精霊ではないのですか?」
「……分かりません。でも、スオリスは妖精って言ってました」
神官長は思案するように視線を落とす。
(神殿で今、精霊を視認できるのはアレだけ……)
「……分かりました。適切な者をつけましょう」
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重厚な扉が開く音が響いた。
「ルシアン、こちらへ」
その声に応じ、足音が静かに響く。
ゆっくりと歩み寄る青年。
黒髪、紺色の瞳。
白衣を纏っているが、神殿の清廉な空気とは少し違う、どこか影のある雰囲気。
「……はい」
低く落ち着いた声が、部屋に響いた。
ルイナは思わずその姿を見つめる。
(この人が……)
「ルシアン。彼女の世話を任せる。何かあればすぐに報告を」
「……承知しました」
ルークは一礼し、ルイナへと視線を向けることなく、淡々と応じた。
ルイナは、まだこの青年がどんな人なのかも分からないまま、神殿での新たな生活の始まりを感じていた――。




