1-7 村での最終日と旅立ち
村で過ごす最後の日が、静かに暮れようとしていた。
ルイナはマーサの家の小さな部屋で、自分の荷物を確認していた。といっても、持っているものはわずか。マーサが用意してくれた上着と、少しの食料、あとは胸元のペンダントだけだ。
「寒くなるから、これを持っていきな」
マーサが厚手のマントを差し出す。
「ありがとうございます」
「あと、道中でお腹が空いたら食べるんだよ」
布に包まれた焼きたてのパンと干し肉。ルイナはその温かみのある贈り物を、大切に荷物にしまった。
「……みんな、優しいですね」
村の人々は、ルイナを特別扱いすることなく、けれど確かに受け入れてくれた。
「アンタ、しっかりした子だからね。そりゃあ、村の連中も放っとかないさ」
マーサが笑う。
そこへ、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
「おねーちゃん、これ!」
小さな手に握られていたのは、野の花を編んで作られた花冠だった。
「ありがとう……!」
ルイナはそれをそっと受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。
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その温かい空気を、突如として冷やすように、村の入り口から蹄の音が響いた。
「来たか……」
村人たちが、少し険しい顔でざわつく。
数騎の馬が村へと入ってくると、彼らの装いからすぐに分かった。神殿の使者だ。
「……やっぱり神殿の人間か」「面倒ごとはごめんだね」
神官たちはそんな村人たちの視線を気にすることもなく、馬を降りるとルイナの前へと歩み寄る。
「ルイナ殿ですね」
先頭にいた神官が、丁寧に頭を下げた。
「はい……」
ルイナは少し緊張しながら答える。
「本来ならすぐに出発するところですが、日も落ちますので、今夜はこちらで一泊させていただきます。明朝、改めて迎えに参ります」
その言葉に、村人たちの眉がわずかに動いた。
(村の人たち……嫌そう)
ルイナは苦笑しながらも、神官の申し出を受け入れた。
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夜になり、ルイナはマーサの家のベッドに横たわりながら、胸元のペンダントを握る。
「スオリス……」
「……起きてるわよ」
ペンダントが淡く光り、スオリスの眠たげな声が頭の中に響く。
「神殿って、どんなところなんだろう……」
「信仰の場でもあるけど、権力のある人間たちの集まりでもあるわ」
「……やっぱり、ちょっと怖いかも」
「大丈夫よ。ルイナには私がついてるじゃない」
スオリスの自信に満ちた言葉が、不思議とルイナの心を軽くする。
「うん……ありがとう、スオリス」
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翌朝、村の広場には、馬車が用意されていた。
神官たちは静かに準備を整え、村人たちが見送りに集まる。
「ルイナ、向こうで困ったら、いつでも帰っておいで」
マーサがルイナの手を握る。
「はい……!」
「お前さんなら、大丈夫だ」「無理すんなよ」
村の人々も次々に声をかける。
「おねーちゃん、また遊びに来てね!」
子どもたちの無邪気な言葉が、ルイナの胸に温かく響いた。
ルイナは、深く息を吸い込む。
(私がこの村にいた時間……本当に楽しかった)
でも――。
(私は、進まなくちゃ)
神官の声が響く。
「では、出発いたします」
くるりと、村を振り返る。
名残惜しさを噛み締めながら――けれど、ゆっくりと前を向いた。
馬車が動き出す。
そうして、ルイナはこの村を後にした。




