6-7 その名を呼ぶ者
朝のギルドには、活気と喧騒が漂っていた。
掲示板に貼り出された依頼の数々を、真剣な面持ちで見つめる冒険者たち。その中に混ざって、ルイナも顔を上げる。
「ふふ、これとか良さそうかも……って、報酬低っ! 危険度に見合ってないよね、これ」
思わず口を尖らせた彼女の肩に、ひらりと妖精サイズのスオリスが降り立つ。
「せっかくCランクになったんだし、初仕事は気合い入れて選ばなきゃね!」
「気合いと無謀は違う。これは“依頼の体裁を装った罠”だ」
隣で冷静に言い放ったのは、ペンダントの縁から顔を覗かせたノクスだった。
ルイナは苦笑しながら振り返り、すぐ隣で腕を組んでいるルークを見上げた。
「こうして一緒に依頼選べるの、ちょっと嬉しいかも」
ルークは目を細めるだけで何も言わなかったが、彼女の言葉を否定しなかった。
「どうせなら移動がてら、周辺の地形も把握しておこう。西の村方面は未踏だ」
彼の冷静な提案に、ルイナはこくりと頷いた。
朝の光が差し込むギルドの一角で、彼らは確かに、静かな幸福の一端を味わっていた。
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依頼先の村へ向かう道中、街道を進む彼らの前方に、くたびれた装備を身に纏った三人組の冒険者が現れた。
服は破れ、装備も錆びついている。見るからに疲弊しきっていた彼らとすれ違いざま、一人の男が突然足を止めた。
「……お前……まさか……ルシアン……?」
その一言で、空気が凍った。
ルークの表情が一瞬だけ曇る。
ルイナははっとしてルークを見た。スオリスは彼女の肩から飛び立ち、ノクスは無言でルークの背後に回る。
男──セドルと呼ばれるその人物の目は、確かな憎しみで染まっていた。
「死んだと思ってた。……まさか、生きてたなんてな」
「生きていたのはお前も同じだろう」
ルークの声は、低く冷ややかだった。
セドルは顔を歪め、かすれた笑い声を漏らす。
「俺たちは“粛清対象から外れた”だけだ。あの地獄を生き延びたんだよ……。でもな、お前が裏切ったせいで、何人の仲間が処分されたと思ってる」
ルイナは眉をひそめながら目を凝らす。「……あの人、神殿の資料室にいた……?」
「お前が消えてから、取り調べが始まったんだ。関係なかった奴らまで連れて行かれて……! “俺たち”の神殿は、お前のせいで壊れたんだ!」
ルークの瞳がわずかに揺れた。
「……壊れていたのは“最初から”だ」
「何……?」
「お前たちはそれを認めたくないだけだ。自分が信じたものが、腐っていたと認めるのが怖いだけだ」
セドルはたじろいだ。だがその怯えを怒りで上塗りしようとするように、声を荒げる。
「好き勝手に暴れて……のうのうと生き延びて……! 本当に、呪いたいくらいだ」
「でもな、まだ終わったわけじゃない。神殿は──」
その言葉の切れ端に、ルイナの瞳が揺れた。
「……神殿が、何……?」
セドルは一瞬言葉を失い、目を泳がせる。
「……あ、いや……違う、そんなつもりじゃ……」
「セドル」
ルークの声音が、静かに、だが確実に空気を変えた。
「今すぐその場から消えろ。……それが最良の選択だ」
「ふざけるなあああああっ!!」
怒鳴り声と同時に、セドルがナイフを抜いて突っ込んできた。
だが、ルークの動きは一拍早かった。
剣を抜くことすらなく、身体を半回転させて男の手首を叩き落とし、魔法の衝撃で足元を吹き飛ばす。
次の瞬間、倒れたセドルの喉元に、ルークの剣が突きつけられていた。
「“ルシアン”はもういない」
「それを忘れられないなら──生き残る資格はない」
「次にその名を口にすれば、舌ごと切り落とす。いいな?」
セドルは血の気の引いた顔で頷き、仲間に引きずられるようにして去っていった。
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事件の後、ルイナはほとんど口を開かなかった。
スオリスもノクスも、あえて声をかけず静かに彼女の傍を歩く。
「……あの人、ルークのこと、すごく……憎んでた」
ルイナの声は、かすかに震えていた。
「でも……それだけじゃなかった。きっと、あの人なりに……」
言葉を詰まらせたルイナの手に、ルークがそっと触れる。
「……私がいることで、ルークは──」
「違う」
ルークの声が割って入った。
「お前がいたから、俺はここにいる」
「過去が何を語ろうと、俺の今は──お前がいるこの場所だ」
その言葉に、ルイナは目を伏せて、小さく「……うん」と頷いた。
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その夜。
ルークは、宿の窓際で筆を走らせていた。
『神殿残党の一部に、組織的な動きの兆候あり』 『“セドル”なる人物が関連する可能性。調査を要する』
封筒を封じ、蝋で封を施す。
その宛先は、ライナルト・エーベルフェルト──彼の父だった。
視線を上げると、隣の部屋から漏れる灯りの中に、静かに眠るルイナの気配を感じた。
(……お前を守るためなら、俺は何度でもあの名を捨てる)
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闇の中。
古びた神殿の残骸のような建物。
フードを深く被った一人の人影が、燭台の前で立ち止まる。
「……生きていたか、“ルシアン”」
「ならば……今度こそ、運命を完遂させるとしよう」
蝋燭の炎が揺れ、その光の中で、金属のように冷たい瞳が光った。




