6-6 偶然じゃない、たぶん運命
ギルドの朝は、活気とざわめきに満ちていた。だがその日、掲示板の前に立つ少女は、いつになく浮かれた様子だった。
「ふふん、さっそくCランク依頼……って、これとか面白そう!」
ルイナが掲示板を指差したその時だった。
「おいおい、昇級試験、昨日だったろ? 今日くらい休めって!」 「そうだぞ、あの内容でC昇級はすげぇよ。自慢していい日だろ!」
ギルド職員と冒険者仲間が次々と声をかけてくる。照れながらも、ルイナの頬が緩んだ。
「じゃあ……今日は、少しだけ羽伸ばしてもいいかな」
そう口にした瞬間、ルークが彼女の隣に立った。
「街でも見て回るか」
その言葉にルイナの目が輝く。神殿にいた頃、彼女は街に出る自由さえ制限されていた。
「……やっと、こうして歩けるんだね」
ルークはそんな彼女を、静かに見つめていた。気づかぬうちに、その笑顔が自分にとって特別なものになっていることに——まだ、彼は気づいていない。
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街は昼前の光に包まれ、人々の声や店先の音が通りを賑わせていた。ルイナは露店の菓子を見ては歓声を上げ、雑貨屋の窓に並ぶ小物に目を輝かせた。
見るものすべてに興味津々で、まるで子供のようにはしゃいだ。
「あっ、見てルーク! これ、すごく綺麗だよ!」
「こっちも面白そう! こんな道具、初めて見た!」
そのたびにルークは「そうだな」とか「確かに」と小さく返しつつも、その目はいつもルイナに注がれている。
「ねぇルーク、この髪留め可愛くない?」
彼女の笑顔に、ルークの表情がわずかに和らぐ。
「お前は本当に楽しそうだな」
「だって、初めてだもん……こんなに自由に歩けるの。見るもの全部が新しくて、どれも面白いんだよ」
そんな様子を見て、通りすがりの商人が声をかけた。
「いや〜、幸せそうなカップルさんだこと!」
「か、カップル!? ち、違いますよ! わたしたちは、えっと……!」
慌てて否定するルイナを横目に、ルークは無表情のまま一言だけ返した。
「……否定する必要もない」
「な、なにその言い方! もうっ、ほんとにっ!」
顔を真っ赤にするルイナをよそに、ルークはふと足を止め、小さな雑貨屋へと視線を向けた。
(さっきの髪留め……悪くないな)
そのままルークは、ルイナに気づかれぬよう中へ入り、そっと小箱を買い求めた。
一方、ルイナも同じ店で、別の棚に目をとめていた。
(……これ、ルークの剣に似合うかも。いつも助けてくれるお礼、ちゃんとしたいし)
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「ちょっとルーク、今が手を繋ぐチャンスだってば!」
ルイナのペンダントの奥、スオリスの甲高い声が響く。
「……それが必要なのか?」 「当然でしょ! それがデートってもんだよ!」「人間は回りくどいな。俺ならすぐ抱き寄せるが」
妖精サイズでペンダントに潜むスオリスとノクスの声が、微妙に聞こえる距離感で飛び交う。
「……聞こえてるんだけど」
赤面するルイナの視線の先、ルークは少しだけ視線をずらしていた。
「……うるさいな」
珍しく彼が呟いたその言葉に、ペンダント内のスオリスが盛大に吹き出す。
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午後の陽が傾きかけた頃、路地裏で子供の泣き声が聞こえた。
「助けてよぉ……やめてよ……!」
迷わずルイナが駆け出す。路地裏には、小さな子供と数人の大人の影。
「……やめてください!」
風が巻き起こり、突風が男たちを吹き飛ばす。ルイナは子供をかばうように立ち塞がり、睨みつけた。
「こいつ、魔法使いか……!」
男たちが怯んだ瞬間、子供がルイナの背に隠れて言った。
「ありがとう、お姉ちゃん……」
その笑顔に、ルイナの緊張がわずかに緩んだ、その瞬間だった。
「死ねっ……!」
隠し持っていた刃が、ルイナの肩を目がけて振り下ろされる。
——ガキンッ。
火花とともに鋼が弾かれた。ルークが、その一瞬に割り込んでいた。
表情はない。ただ、その目には怒気と殺気と、静かな焦り。
「彼女に……指一本でも触れたら、命はないと思え」
その言葉とともに、男たちはルークの炎の剣に吹き飛ばされた。
そして、ルイナの肩をそっと抱き寄せる。
「まったく……二度と無茶をするな」
その低く静かな声に、ルイナの心臓が跳ねた。
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夕暮れの帰り道。余韻のように、二人の間に静かな空気が漂っていた。
自然と、手を繋いでいた。
「そういえば……」と、ルークがポケットから小箱を差し出した。
「これを。……お前に似合うと思った」
「……え?」
驚いた顔をしたルイナは、すぐに嬉しそうに笑うと、自分も鞄の中から小さな包みを取り出した。
「実は、わたしもルークに渡したいものがあって……」
同時に開いた二つの箱の中には、偶然にも同じモチーフの装飾品。
「……お揃い、か」
ルークが珍しく目を丸くする。
「お揃い!? な、なんで……えっ、うそ……!」
「え!?運命じゃん!」 「これはもう、夫婦だな」
ペンダントの中で、スオリスとノクスが騒ぎ立てる。
二人とも真っ赤な顔をしながら、それでもありがとう、と互いの贈り物を身に付けた。
そして、沈みゆく夕陽の中、ルークがそっとルイナの手を強く握り締める。
「……こういう時間を、もっと作るのも悪くないな」
その一言が、ルイナの胸をじんわりと熱くした。
彼の言葉が、まるで約束のように響いていた。




