6-4.5 愛の特訓
ギルドの訓練場には、まだ熱気が残っていた。
夕刻に差しかかり、空は朱色を帯び始めている。だが、その中で訓練を終えたばかりのルイナとルークの姿は、まだ真剣さを残したままだった。
少し離れた場所では、スオリスが腕を組んでそっぽを向いていた。口を尖らせ、むくれたように地面をつま先で蹴っている。
「アタシだって、やるもん……!」
小さく呟いたその声に、近くにいたノクスが反応した。
振り返った彼の瞳は、いつもより少し柔らかい。
「……では、私が相手をしよう」
その言葉に、スオリスの目がぱっと輝く。
「ほんと!? じゃあ、遠慮なくいかせてもらうからねっ!」
一瞬のうちに彼女の姿が変化する。
小さな妖精の姿から、凛とした精霊の姿へと。
その身体に纏う水の光が、夕暮れの陽光に溶けてゆく。
ノクスの目が、わずかに細められる。
「……やはり、この姿の方が落ち着く」
「戦うって言ってんのに、何そのトーン!?」
スオリスが詰め寄ると、ノクスは無言で軽く腕を広げて見せた。
「来るがいい、スオリス。君の全てを受け止めよう」
「……! 受け止めるって、そういう意味じゃないからっ!」
スオリスが勢いよく魔力を解き放つ。
水の矢がいくつも生まれ、ノクスへ向かって鋭く放たれた。
が——
「甘い」
ノクスは軽く指を弾いただけで、水の矢が霧のように拡散する。
反撃はしない。ただただ、その場に静かに立っていた。
「な…何よ…それ! 本気で来なさいよ!」
再びスオリスが叫ぶ。彼女の髪が波のように揺れ、周囲の空気が湿り気を帯びていく。
そのまま詠唱もなく放たれたのは、水の刃を纏った回転蹴り。
ノクスは避けなかった。
踏み込んできたスオリスの体を受け止め、衝撃を逃がすように柔らかく抱き留める。
「——やはり、近くで見ると君の魔力は美しい」
「ば、馬鹿ッ! こっちは真剣なんだけど!? 離れなさいってば!」
「君の魔力の繊細さは、力ではなく想いに由来しているのだろう。……それが、いい」
ノクスの低い声が耳元で囁かれ、スオリスの動きが止まる。
顔がみるみる赤く染まり、次の瞬間、彼女はバタバタと暴れ始めた。
「な、なにそれ!? ずるい! 本気でって言ったのにっ!」
ノクスは苦もなくそれをいなすと、両腕の中に収めた彼女をそっと胸元へ引き寄せた。
「だが……そなたが誰かの手の中にいるなら、私のもの以外では困る」
「……ッ!?」
もはや反撃もままならず、スオリスは真っ赤な顔のまま目を泳がせていた。
遠巻きにその様子を見ていたルークとルイナは、呆れたように視線を交わす。
「……あれを訓練と呼んでいいのか?」
「うーん……愛の特訓、じゃないかな……?」
「戦闘の意味を履き違えてるな、完全に」
「誤解するな。これは指導だ」
ノクスの淡々とした声が届いた。
ルークが無言でため息をついた。
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その日の訓練を終え、四人はギルドの前でひと息ついていた。
橙色の夕日が街並みを染め、静かに夜の帳が降りていく。
「なんだかんだ……みんな、強いんだね」
ルイナがぽつりと呟く。
手の中に残る魔力の余韻が、まだほんのりと熱を帯びている。
「当然だ」
ルークが短く返す。
ノクスは空を仰ぎ、静かに微笑んだ。
「……明日が楽しみだな」
スオリスは隣で膨れっ面をしていた。
「うぅ……ノクスのこと、絶対見返してやるんだから……!」
その姿にルイナは笑みを浮かべ、ルークは黙って肩を並べる。
試験は、すぐそこまで迫っている。
だが、もう怖くはなかった。
この仲間たちとなら、自分はきっと進んでいける。
その確信だけが、胸に灯っていた。




