6-1 風操演習
広々とした空間の中、乾いた地面が広がり、風が微かに砂を巻き上げる。
黒い霧に水の迷宮と立て続けに依頼を受けたルイナたちは、気分転換も兼ねてギルドの訓練場に来ていた。
ルイナは意気込んで拳を握りしめ、隣に立つルークを見上げた。
「風魔法を、やってみたいです!」
その言葉に、ルークは静かに頷く。
「俺が教える」
「でもルーク、風魔法の適性ないよね?」
スオリスがルークの肩に腰掛けながら、疑問を投げかける。
「魔力の流れの制御なら教えられる」
「ふむ、それなら私も協力しよう」
ノクスが淡々とした声で加わる。
ルイナは少し考え、内心苦笑した。
(……なんだか、すごくスパルタな指導になりそうな組み合わせだなあ)
スオリスは感覚派で、ルークとノクスは理論派。教わるならスオリスの方が気楽かもしれないが、しっかり基礎を身につけるには、確かにこの二人の方が適しているのかもしれない。
「じゃあ、やってみるね」
ルイナは深呼吸し、両手を前に掲げた。
意識を研ぎ澄まし、魔力を練る。
(風よ、舞え——)
瞬間、周囲の空気がざわめいた。
——ビュオッ!!
思ったよりも強い風が生じ、突風となって吹き抜ける。
「うわっ!?」
スオリスがふわりと浮かび上がり、そのまま飛ばされそうになる。
「っ!」
ノクスが素早く手を伸ばし、スオリスをしっかりと抱え込んだ。
「……ふむ、密着した方が安定するか」
淡々とした口調のノクスに、スオリスが顔を真っ赤にする。
「ちょ、ちょっと!? そ、そんな至近距離で見ないでよっ!!」
一方、ルイナ自身も強い風に足元を取られかけるが、すぐにルークが手を伸ばして支える。
「魔力の制御が甘い。もっと抑えろ」
顔を上げると、ルークの真剣な眼差しがすぐそこにあった。
風で乱れた黒髪が頬に触れるほどの距離。
「ひゃっ……!」
思わず後ずさるが、ルークは離さず、しっかりと腕を支え続ける。
「焦るな。魔力の流れを意識しろ」
その声は低く、どこまでも冷静だった。
「……う、うん……」
ルイナは必死に気を取り直し、もう一度集中する。
今度は、先ほどのような突風ではなく、静かに空気が流れるように意識を向けた。
やがて、彼女の足元を中心に、小さな風がゆっくりと舞い上がる。
「……できた?」
「今のは悪くない」
ルークが静かに頷く。
「ふぅ……」
ほっと息をつくルイナだったが、ふと地面に目を落とした瞬間、何かが光った。
「……?」
微かな輝きが、砂の上に淡い紋様を描いていた。
ルークが表情を引き締める。
「……お前、今のを意図してやったのか?」
「え?」
ルイナはきょとんとしたまま、ルークが指差した場所を見た。
そこには、細かく交差する魔力の軌跡があった。
それは——魔法陣の一部だった。
「……この魔力の流れ、どこかで見たことがある」
ノクスが呟く。
スオリスも、じっとその光を見つめる。
「……アタシも……でも…どこで見たのか…」
ルイナの胸に、不安がよぎる。
彼女は神殿で魔力制御を学んだが、魔法陣を描く訓練などは受けたことがなかった。
それなのに、無意識のうちに——
「……お前が神殿に関わるのは危険だ」
ルークの低い声が、静寂を破った。
ルイナは顔を上げる。
「ルーク……?」
ルークは険しい表情のまま、目を細めた。
「これは“聖女”に関わるものかもしれない。もしそうなら、もう安全とは言えない」
ルイナは、ぎゅっと拳を握る。
「でも、私が知りたいのは——」
「知ることが、お前を守るとは限らない」
ルイナは言葉を失う。
ルークは常に彼女を守ろうとしてくれる。
その優しさは嬉しい。でも——
「……それでも、私は……」
ルイナは小さく呟く。
「私は……自分のことをちゃんと知りたい」
長い沈黙が落ちる。
ルークは微かに息をつき、ゆっくりと手を伸ばした。
「……なら、俺もお前と一緒に知る」
その言葉に、ルイナは目を見開く。
「……え?」
「お前がどうしても知りたいと言うなら、俺がついていく」
その言葉には、揺るぎない意思が込められていた。
ルイナの心臓が、どくんと跳ねる。
「……ありがとう」
小さく微笑むと、ルークは無言のまま頷いた。
——こうして、彼らの旅はまた一歩、核心へと近づいていく。




