5-5 影に寄り添う契約
静かな夜の闇が、村の空気を包み込んでいた。黒い霧がゆらめきながら漂い、まるで何かを待っているかのようにそこに在る。
ルイナは、目の前の存在をじっと見つめた。漆黒の髪を持つ青年――いや、精霊は、ただ静かに佇んでいるだけだった。
それなのに。
村人たちは彼を恐れ、「化け物」と呼び、長年の間、この依頼は放置されてきた。
「うーん……どうすればこの依頼、達成になるんだろ?」
ルイナが腕を組んで考え込む。
「……あいつを移動させるしかないんじゃないか」
ルークが淡々とした声で言うと、彼が僅かに首を傾げた。
「移動? 何故だ?」
「村人が、お前を恐れているからだ」
「私がここに来たのではない。人間たちが後からここに住みついただけだ」
ルイナは、はっと息をのんだ。
「……あっ」
言い返せなかった。彼の言葉はあまりにも正論すぎる。
「じゃあ、村人たちが移動すればいいんじゃないか?」
ルークが低く呟くと、スオリスが「あはは」と乾いた笑いをこぼした。
「いやいや、そんな乱暴な話……っていうかそもそもさ、アイツがここに居る理由も分かってないんだけど?」
「理由……」
精霊は目を伏せ、静かに答えた。
「私は……ただここにいるだけだ」
それは、まるで当たり前の事実を語るような口調だった。
「……ずっと?」
「……ああ」
ルイナは彼の言葉を反芻する。村ができるよりも前から、ここにいた。それはつまり、彼にとって「ここが居場所」なのだ。
人間に見えないが故に、ただの黒い霧として扱われ、恐れられ、化け物とまで言われてきた存在。
――でも、精霊は本当にただ「ここにいるだけ」。
それだけで、怖がられるのだ。
「……」
ルイナは奥歯を噛みしめる。
こんなの、おかしい。
「……だが」
彼がぽつりと呟いた。
「手がないわけではない」
「……?」
「お前、私と契約しろ」
精霊がまっすぐにルークを指さした。
「は?」
ルークの表情が、僅かに動揺する。
「契約……? ちょっと待って! そんな簡単に契約なんて——」
スオリスが反射的に口を挟むと、彼は落ち着いた声で続けた。
「そいつは、闇属性持ちだろう?」
「えっ?」
ルイナとスオリスの目が、同時にルークへ向けられる。
ルークは……答えなかった。無言のまま、拳を握る。
「ルーク……?」
ルイナが呼びかけると、ルークは僅かに視線を逸らした。
「……どうして、それを」
「お前の魔力を感じたからだ。私には分かる」
「……っ」
ルイナは息をのんだ。
ルークが……闇属性持ち。
「……なぜ、闇の力を受け入れない? 何を恐れている?」
彼の問いに、ルークは唇を噛みしめた。
頭の中で、父と話した記憶が蘇る。
「……殺されるか、隠すかの二択だった」
ルークは、静かに呟いた。
「俺は……ただ、生きるために隠しただけだ」
ルイナは何も言えなかった。ただ、ルークの言葉を受け止めることしかできなかった。
スオリスも、何かを言いかけて、口を閉じた。
「……」
精霊はただ、じっとルークを見つめていた。
「私と契約すれば、抑えるだけでなく、制御できる」
「…………」
「依頼とやらも、達成したいのだろう?」
その言葉に、ルイナが口を開いた。
「……ルーク、私が怖い?」
ルークが一瞬、目を見開く。
「? 怖いわけない。何を言ってる」
「私は全属性持ちだよ。……闇属性も持ってる」
ルークの瞳が揺れる。
「……要は、使い方の問題じゃないかな?」
「……お前は、自分が怖くないのか?」
「全然!」
「だって私ね、影移動できるのかなーとか、影にたくさん収納して荷物減らせるのかなーとか考えてたんだよ!」
ルイナは屈託のない笑顔を浮かべる。
「……………ははっ」
ルークが、思わず笑った。
「……お前らしいな」
優しい表情で、ルイナの頭に手を乗せる。
ポン、と優しく。
「……使い方の問題、か」
「う、うん……!!」
顔が熱くなっていくのを感じながら、ルイナは必死に頷いた。
「分かった。契約しよう」
ルークが、精霊に向き直る。
「では、私に名前を」
「名前……闇……『ノクス』てのはどうだ」
「……いい名だ。気に入った」
光が弾けるように、契約が結ばれる。
漆黒の魔力がルークの体に流れ込み、新たな力が目覚める。
「私の力を感じるか?」
「ああ……魔力量も跳ね上がってるのが分かる」
「お前の名は?」
「ルークだ。こっちはルイナ、それと契約精霊のスオリス」
その時、ノクスがふと、スオリスを見つめた。
「……懐かしい気がする」
「……え?」
スオリスの表情が、かすかに揺れる。
「ずいぶん小さいが……その姿、本当の姿か?」
「……こっちが聞きたいんだけど?」
ノクスは、じっとスオリスを見つめ、ふと口元を緩めた。
「……そう…か、まあいい。それにしても、何とも愛らしいな」
「はぁっ!?」
スオリスが盛大に赤くなった。
ノクスはスオリスを掌に乗せると、満足そうに眺める。
「……可愛いな」
「ちょ、ちょっと!? そんな至近距離で見ないでよ!」
「……あれはなにをやってるんだ?」
「愛でてる…ね……」
こうして、ノクスとの契約は無事に成立したのだった。
依頼を達成した一同はひとまず村へーー




