5-4 黒い霧
ギルドの職員から紹介された依頼書は、ひときわ年季の入った紙だった。
「黒い霧の化け物を調査せよ」
その依頼書は、年月が経ちすぎて紙が黄ばんでいる。それなのに、誰も手をつける気配がない。
「これ、ずっと放置されてるんですか?」
ルイナが尋ねると、ギルド員は肩をすくめた。
「まぁな。もう何年も前からある依頼だよ」
「危険なの?」
「いや、害はない。けど……夜になると黒い霧が現れて、村人たちはそれを不吉なものだと恐れてるらしい」
「誰も解決しようとしなかったんですか?」
「正確には、何度か調査に入った冒険者はいる。でも、結局"正体不明"のまま終わったってわけさ」
ギルド員は面倒そうに言った。
害がなく、報酬もそこまで高くないとなれば、真剣に調査しようという者は少ない。
「……それだけか?」
無表情で聞き返すルークの声に、わずかな違和感が滲む。
「まぁな。誰かが襲われたわけでもないし、村人が怖がってるってだけの話さ」
ルイナは依頼書をじっと見つめた。
害がないなら、なぜそんなに恐れられているのか。
「ねぇルイナ、なんか気にならない?」
スオリスがぽつりと呟く。
妖精の姿でふわふわと浮かびながら、微かに眉をひそめていた。
「……確かに、ちょっと気になるね」
ルイナは頷き、ルークの方を見た。
「この依頼、受けてみない?」
ルークは短く「問題ない」と答えた。
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村へ向かう道中、ルイナは馬に乗るのをためらっていた。
しかし、ルークは当然のように自分の前に彼女を乗せる。
「あの…!別に歩いても……!」
「移動が遅い。」
「うぅ…」
スオリスがクスクスと笑った。
「まぁまぁ、ルークは守れてる感あって嬉しそうじゃない?」
「…………。」
ルイナは少し頬を赤らめ、そっと前を向いた。
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村に到着すると、すぐに村人たちから話を聞いた。
「夜になると黒い霧が現れるんだ。それが怖くてな……」
「でも、何かされたわけではないんですよね?」
「そうだ。でも……なんとなく、不吉だろ?」
ルークは静かに村人の話を聞いていたが、その目はどこか冷ややかだった。
一方、スオリスは頬を膨らませ、不機嫌そうに腕を組んでいる。
「……なんか、嫌な言い方だね」
ルイナも村人の不安は理解できるが、少し引っかかるものがあった。
とにかく、夜になればその正体がわかるだろう。
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日が沈むと、静かに"それ"は現れた。
霧のようにゆらめく黒い影。
それは風に流されることなく、ゆっくりと形を成していく。
そして——霧の中心に、一人の男が立っていた。
長い黒髪、闇のオーラをまとった美しい青年。
その銀色の瞳が、無感情にルイナたちを見つめる。
「……何者だ?」
静かに問いかけるその声は、驚くほど落ち着いていた。
「……お前こそ、こんなところで何をしている?」
ルークが剣を手にしながら睨む。
「……私か? 私は、ただここにいるだけだ」
あまりにも当たり前のように答える青年に、ルイナは戸惑った。
「え……?何もせずにただそこに居るんですか?」
「そうだが?」
「…………。」
静かな沈黙が広がる。
ルークは青年の様子をじっと観察していたが、やがて言葉を紡ぐ。
「……つまり、お前が"黒い霧の化け物"か」
その言葉に、青年はわずかに首を傾げる。
「……"化け物"か。なるほど、人間たちはそう呼ぶのか」
彼の表情には怒りも悲しみもない。ただ、淡々とした興味が浮かぶだけだった。
「待って……私たちには"あなたの姿"が見える。でも、村の人や過去の調査に来た人は"黒い霧"にしか見えてなかったんじゃ……?」
ルイナが気づいた瞬間、ルークも察した。
「つまり……人間には視えない"精霊"か」
「……アンタ、精霊なの!?」
スオリスが驚いたように叫ぶ。
「おかしなことを。そっちにも同じ者がいるだろう」
「いやいやいや!こっちはちゃんと見えるし!なんでそんな人間っぽいのよ!?」
青年は微かに考え込むような仕草を見せた。
「ああ……これは、人間の真似をしてみただけだ」
その言葉と共に、彼の姿が変化する。
黒衣のように見えたものが影に溶け、輪郭がぼやけ、より"精霊"らしい姿へと変わる。
しかし、それでもなお、彼の瞳はどこか人間的だった。
「……人間の真似を…?」
「は…?なんでそんなことを……?」
スオリスが困惑する中、彼は淡々と答えた。
「ここに頻繁に来る人間たちを脅かさないように……しかし……そうか、私の姿が見えない……通りで話しかけても返事がないわけだな」
「…………。」
ルイナとスオリスは、絶句した。
「ルイナ……コイツ、なんかすごい気の毒になってきた……」
「……うん……」
人間に気づかれたくて真似をしていたのに、誰にも伝わっていなかった。
それどころか、"化け物"と恐れられていた。
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「でも……私たちは分かってても、他の人になんて説明すればいいか…」
「……どうするか、考える必要があるな」
「放っておいたら、ずっと"黒い霧の化け物"扱いだしね」
「でも……根本的に解決しないと、村の人たちも納得しないよね…」




