5-2 策士、宿を制す
ギルドの食堂は、冒険者たちのざわめきと食事の香ばしい匂いで満ちていた。
食堂の片隅に腰を下ろしたルークは、向かいに座るルイナの顔をじっと見つめる。
「……それで、ようやく自由を手に入れたんだ」
短くそう締めくくると、ルイナは複雑そうにまばたきをした。
「ミアが…影……?」
「公爵家……」
「追放……?」
ルイナとスオリスが次々と疑問を口にするが、ルークは少し肩をすくめるだけだった。
「神官たちを粛清したと言っても、まだ油断はできない。ルイナを聖女だと知る者がいる限り、狙われる可能性は残っている」
ルイナの表情がこわばる。
「でも——」
「だが、安心しろ」
ルークは彼女の目をまっすぐ見据え、静かに言った。
「俺が守る」
一瞬、時が止まったかのような感覚に襲われる。
「えっ……」
ルイナは、なぜか心臓が跳ねるのを感じた。
ただの宣言。けれど、その言葉の響きが、思った以上に胸に響いた。
「う、うん……ありがとう……」
聞きたいことがあったはずなのに、全部吹っ飛んでしまった。
そんなルイナの様子に気づいたのか、ルークは微かに口角を上げたが、すぐに淡々と話を続けた。
「それはそうと……ここへ向かう途中の村や街で、お前の話をよく聞いた」
「え!? なんで知ってるの!?」
ルイナが驚くと、ルークは冷静に答える。
「目的地が同じなら、休憩する場所も被るだろう」
「う、うん……」
確かにそうかもしれない。
「水脈を見つけたとか、水路を浄化したとか、感染予防を徹底させたとか……どこへ行ってもお前の話ばかりだった」
「えへへ……」
ルイナは少し照れくさそうに笑う。
しかし、ルークの表情がわずかに陰る。
「……それだけじゃない」
「え?」
「伴侶まで……作って」
「……???」
ルイナはきょとんとしていたが、スオリスがケラケラと笑った。
「あぁ、あの子のことね! 一生懸命で可愛かったわ〜!」
「あー、あの子! うん、子供って純粋で可愛いよね!」
ルイナは微笑みながら頷いた。
ルークは沈黙したまま、何かを押し殺すように表情を引き締める。
「……そうだな」
淡々とした口調。けれど、わずかに声が低い。
(……全然可愛くない)
そう思いながらも、それを表に出さないのがルークという男だった。
—
「で、ルークは今どこに泊まってるの?」
唐突にルイナが尋ねた。
「今日着いたばかりだから、まだ決めてないが」
「え!? ダメだよ! ここ、冒険者たちが戻ってきたら一瞬で埋まるよ!」
「……」
「そうだ、今朝私の隣がちょうど空いたから、もしかしてまだ——」
「……すぐ戻る」
ルークはガタッと立ち上がると、すぐさま食堂を出て行った。
「えっ……」
呆然と見送るルイナ。
「意外とうっかりさんなんだね……」
「……そっちじゃないでしょ」
スオリスはため息混じりに呟いた。
—
宿の受付
「部屋はあるか。今ルイナから隣が空いていると」
「ルイナちゃんの紹介かい? あぁー、たった今そこの二人組が借りたよ」
「……何?」
「今空いてるのは、こっちの二人部屋だけだね」
「……二人部屋か」
ルークは一瞬黙り込んだ。
(……ルイナの隣以外の選択肢は、ない)
「この部屋を頼む」
「いいのか?」
「ああ」
そう言うと、ルークは先ほど部屋を借りた二人組を見つけ、静かに話しかけた。
「失礼、その部屋に二人で泊まるのか?」
「あ? あぁ、まあ……狭いけど寝れるし」
「今受付でこの二人部屋しか空いていないと言われた。広い部屋は落ち着かない。良ければ代わってくれないか」
「えっ? いや、おれらはもちろんいいけど…… あんたはそれでいいのか?」
「構わない」
鍵を交換。
「ラッキー!」と言いながら二人部屋へ向かう彼らを見送り、ルークは静かに頷いた。
「……よし」
—
「…待たせた」
「どうだった? 隣空いてた?」
「ああ、最後の一部屋だった」
「よかった〜!」
ルイナはほっとしたように笑うが、一方でスオリスはルークを疑いの目で見ていた。
(……こいつやったな)
「これから冒険者登録するんでしょ? いろいろ案内するね!」
「ああ、頼む」
スオリスはルークの肩にちょこんと座り、呆れ顔でため息をつく。
「ったく……策士め」
—
そして、ルークの 冒険者としての新たな一歩 が始まる。




