4-8 自由への手紙
エーベルフェルト公爵邸の執務室に、控えめなノックの音が響いた。
「……入れ」
淡々とした声に応じて、執事が静かに扉を開ける。手には一通の封書。
「旦那様、ルシ……ルーク様よりお手紙が届いております」
瞬間、ライナルトの瞳がわずかに揺らぐ。しかし、それを悟らせぬよう、ゆっくりと手を伸ばした。
「ようやくか」
努めて落ち着いた声を出す。だが、手紙を受け取る指先には、微かな力がこもっていた。
封を切り、丁寧に折りたたまれた紙を広げる。初めて見る筆跡が、規則正しく並んでいた。
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『親愛なる父上へ
ご無沙汰しております。旅立って半月ほど経ちましたが、体調は変わりなく、旅は順調です。出発前に施していただいた治療のおかげで、傷の痛みもほとんど感じません。
各地を巡る中で、ルイナの足跡を感じることが多くあります。彼女はどこへ行っても変わらず、人々を助けているようです。
時折、野盗に襲われることもありますが、特に問題はありません。むしろ、彼らにとっては不運だったかもしれません。
長い旅路ではございますが、いずれ目的地に辿り着くでしょう。その日を楽しみにしております。
父上もどうかご自愛ください
ルーク』
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読み終えた瞬間、ライナルトはしばしの間、無言で紙面を見つめていた。
目を細め、ほんの僅かに唇を噛む。
それから、ゆっくりと顔を上げ、傍らの執事に向けて言葉を発した。
「……額縁を用意しろ」
「……は?」
「家宝にする」
「…………かしこまりました」
執事は淡々と頷きながらも、心の中では深いため息をついた。
屋敷に飾られる“ルークの初めての手紙”は、エーベルフェルト公爵家における歴史的遺産となることが、今ここに確定した。
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空は高く澄み渡り、乾いた風が草原を揺らしている。
「……見えた…あれが…」
手綱を握る指に無意識に力がこもる。
眼前に広がるのは、壮大な城壁に囲まれた自由都市。王国や神殿の干渉を受けず、無数の人々が行き交う活気に満ちた地。
ルークは、馬を駆ける速度をさらに上げた。
(ルイナは、この街にいる)
それだけが、彼を突き動かしていた。
街の門をくぐると、喧騒が迎え入れる。行商人の呼び声、鍛冶場の槌音、冒険者たちの笑い声や怒声が入り混じる。
しかし、ルークの耳には何一つ届かない。
(早く……)
馬を降り、歩き出す。
(早く会いたい……)
長い旅だった。
ルイナの足跡を辿る度に、彼女がどれほどの人々に影響を与えてきたかを思い知らされた。
彼女はいつも、誰かの力になっている。
ルークの心に、温かいものが広がると同時に、胸の奥に小さな棘のような感情が引っかかるがーー
(……まずは、ギルドだ)
ルイナがいる可能性が最も高い場所。
扉の前で、一瞬、足を止めた。
心臓が跳ねるように脈打つ。
深呼吸をひとつ。
扉を押し開ける。
賑やかな空間が広がる。屈強な冒険者たちが談笑し、掲示板には依頼の紙が所狭しと貼られている。
そして、一目で見つけた。
カウンターに腰かけ、何かを考え込んでいる黒髪の少女。
彼女は、まだこちらに気づいていない。
(見つけた——)
静かに、確かに、ルークは彼女へと歩み寄る。
——次回 5-1 新章開幕。




