4-6 追放
ルークはゆっくりと目を開け、天井を見つめる。
痛みは、もうない。かすかに残る鈍い違和感だけが、かつての傷の名残を告げていた。
「……起きたか」
穏やかな声に、視線を横へ向ける。
父は椅子に腰掛け、ルークの方を見ていた。その顔に、いつもの厳格な表情はない。
ただ、静かに――何かを確かめるように、息子を見つめていた。
ルークはゆっくりと体を起こしながら、小さく息を吐く。
「……もう、大丈夫です」
本調子ではないが、確かに回復したと実感できる。
父はわずかに頷き、静かに言葉を続けた。
「ルーク、お前はこれからどう生きたい?」
ルークは、ふと息を呑んだ。
“どうしたいか” ではなく、 “どう生きたいか”。
その問いに込められたものの大きさを、すぐに理解した。
迷いを含んだまま、しばし沈黙する。
そして、少しずつ言葉を紡ぐように、口を開いた。
「……自由に、生きたい……」
それは、彼の本心だった。
今まで望むことすらできなかった言葉を、ようやく口にすることができた。
父は僅かに目を伏せた。
ほんの一瞬、苦しむような沈黙があった。
だが、その表情をすぐに整え、静かに頷く。
「……分かった」
父の声には、変わらぬ厳かさがある。
だが、それが “否定ではない” ことが、ルークには分かった。
「ただし——まずは完治し、体力を戻すことが条件だ」
「……そこまで?」
予想外の言葉に、ルークは思わず眉を上げる。
父は微かに微笑んだ。
「当たり前だろう」
何気ない言葉なのに、胸が温かくなる。
彼はずっと、自分の身を案じてくれていたのだと――今さらながらに、実感する。
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ルークはしばらく迷った末に、口を開いた。
「……ルイナは、無事なんでしょうか」
その問いに、父はわずかに目を細める。
だが、その微かな変化は一瞬だけだった。
「……まだ影からの報告は来ていない」
端的な答えに、ルークの胸がざわつく。
「……そう、ですか」
不安げに眉を寄せるルークを見て、父はゆっくりと言葉を継ぐ。
「だが、安心しろ」
「うちの影は、そこらの護衛よりもよほど腕が立つ」
「報告が来たら、お前にもすぐ知らせてやる」
ルークは、小さく頷く。
(それなら……大丈夫、だろう)
不安は拭えない。
だが、信じるしかなかった。
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父が部屋を出た後、廊下では密やかなやり取りが交わされていた。
「影の報告は既に届いております。ルイナ様は順調に自由都市へ向かわれています」
ミアの言葉に、父は何の感情もないかのような無表情を貫く。
「……馬鹿正直にそれを伝えたら、あいつはどうする?」
「……愚問でしたね。申し訳ありません」
ミアは息を呑み、すぐに頭を下げた。
父は視線を戻し、静かに言う。
「……少しくらい出発が遅れても問題あるまい」
その横顔に滲むのは、ただの策略ではない。
息子がもう少しだけ、家に留まる時間を――それが、ほんの少しでも延びればいいと。
その想いを、彼は決して口にしなかった。
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ひと月が経った。
ルークは完全に回復し、荷造りを終えた鞄に視線を落とした。
ついにこの日が来たのだ。
静かに深呼吸し、部屋を見渡す。もうこの屋敷で過ごすことはない。だが、不思議と寂しさはなかった。むしろ、これから始まる自由な旅への期待が、心を駆け巡っていた。
呼び出された執務室で、父は静かに告げた。
「ルシアン・エーベルフェルト」
「お前をこの家から追放する」
その言葉に、ルークは静かに目を伏せた。
「今後、エーベルフェルト家の名を出すことは許さん。その名を捨て、ルークとして生きていけ」
「……はい。承知しました」
宣言としては冷たい響きを持つ言葉だったが、その奥にある意味を、ルークは誰よりも理解していた。
(これは、"自由"を与えられたということだ——)
形式的な追放。自分は、捨てられたわけではない。
ちゃんと、愛されているのだ。
「ルーク……お前は、もう自由だ。好きに生きなさい」
父の声は穏やかで、どこか寂しげだった。
「……今まで、お世話になりました」
深く頭を下げると、父は静かに目を細めた。
「何かあれば、すぐ頼れ」
「はい」
「手紙も書け。三日に一度は送れ」
「……? はい……?」
「馬は必要か? 護衛…はお前にはいらないな。荷物は十分か? そうか、足りないものがあれば追加で——」
「父上」
ルークは苦笑しながら、そっと言葉を挟んだ。
「大丈夫です。自分でなんとかしますから」
「……そうか」
どこか納得できていないような父の表情に、ルークは思わず目を細めた。
(本当に、この人は……)
それでも——彼が、ずっと自分のことを気にかけてくれていたのだと思うと、胸が温かくなった。
「それでは、行ってきます」
背を向け、歩き出す。
父は何も言わず、ただ静かに見送っていた。
ふと振り返ると、そこには変わらぬ厳格な姿勢のまま、だが確かに、わずかに寂しげな瞳をした父の姿があった。
「ルーク」
呼び止められ、足を止める。
「——身体には気をつけろ」
「……ええ。わかっています」
もう、迷いはなかった。
そうして、ルークは新たな旅へと歩みを進めた。
自由を手にし、"ルーク"として——。
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