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4-5 父子



 ルークはベッドに身を預けたまま、父の言葉をじっと聞いていた。


 「お前が成長し、やがて精霊を視認できると分かった時——周囲の反応は一変した」


 父の低い声が部屋に響く。


 「それまでは、公爵家の三男に過ぎなかった。しかし、精霊が視えると分かった瞬間、"奇跡の子"として崇められるようになった」


 ルークは目を細める。自分が奇跡の子? そんな扱いを受けた記憶はなかった。


 「神の子だ、聖女に仕える運命だ、と。貴族の間でも噂になり、神殿は即座にお前を引き取る準備を始めた」


 「……神殿が?」ルークの声が僅かに震えた。


 「『将来、聖女様に仕える子だから』——そう言ってな。神殿が養育を申し出た」


 ぞっとする。ルークにとって神殿は束縛と教義の象徴であり、自分をただの"道具"として扱った場所だ。それが幼い頃から決められていた運命だったというのか。


 「だが、母は頑として拒否した」


 ルークは思わず息を呑んだ。


 「……母上が?」


 「そうだ。『私の手で育てる』と、一歩も引かなかった」


 「……だが、母は長くは生きられなかった」


 その言葉に、ルークの胸が締めつけられる。


 「産後の肥立ちが悪く、ずっと体調を崩していた。それでもお前を手放さず、必死に育てようとしていた」


 ルークは幼い頃の記憶を探る。母の姿——しかし、はっきりとした映像はない。声も、顔も、霞がかかったように薄れている。


 「母が亡くなった時、お前はまだ幼すぎた」


 「…………」


 「"死"を理解するには早すぎたのだ」


 父の言葉が続く。


 「お前はただ、『母がどこかへ行ってしまった』と思ったのだろう。何度も、『母上は?』『どうして戻ってこないの?』と問い続けた」


 そうだったのか。ルークの胸の奥で、何かが軋むように痛んだ。


 「次第に焦りと不安が募り——"母を取り戻さなければならない"と、そう思ったのかもしれないな」


 「……母を?」


 「"戻ってきて"——そう叫んだ瞬間、お前の魔力は暴走した」


 ルークの指が震えた。


 「その場にいた使用人を巻き込み、殺めてしまった」


 「…………」


 理解が追いつかない。そんな記憶はどこにもない。それなのに、父の語る言葉は胸の奥に突き刺さるような違和感を伴っている。


 「神殿は、その時を待っていたと言わんばかりに申し出てきた」


 「『魔力が暴走する子供を、このまま貴族社会に置いておくのか』と」


 「『神殿で適切に管理し、魔力制御を教えれば、この子は聖女を支える偉大な存在となる』と」


 まるで、罠だったように——。


 「正直、手に負えなかった。母を失い、魔力を制御できないお前を、公爵家で育てることは……簡単ではなかった」


 父は苦しそうに言葉を絞り出した。


 「だから……私は、お前を神殿に預けることを決めた」


 ルークは歯を食いしばる。


 「……父上は……私を捨てたのではなかったのですね」


 父の目がわずかに揺らいだ。


 「捨てる? そんなはずがない」


 低く、確信を持った声音だった。


 「私は——お前が魔力制御を身につけたら、必ず迎えに行くつもりだった」


 「だが、神殿は決してお前を返さなかった」


 その言葉が、ルークの胸に深く染み渡る。


 「……何度交渉しても、何度申し入れても、神殿はお前を手放さなかった」


 王国と神殿の対立が深まり、もはや手出しはできなくなった。そうして年月が過ぎた。


 「そして今回の件で、私は……本当に取り返しのつかないことをしたと気づいた」


 父はゆっくりと頭を下げる。


 「……不出来な父を許してくれ」


 その言葉に、ルークの心が大きく揺れる。


 自分が感情を手放している間にも、父はずっと求めてくれていたのだ。


 父は、決してルークを見捨ててなどいなかった。


 ルークは、僅かに震える指先を握りしめた。


 「……頭を上げてください」


 父が顔を上げる。ルークは静かに、しかし確かに言った。


 「ルシアン……」


 短い沈黙。


 「……ルークと。近しい人はそう呼びます」


 その瞬間——父の目に、僅かに光るものが見えた。


 「……ルーク……」


 父は息を呑み、そして——


 「ああ、ルーク……」


 静かに、名を呼んだ。


 初めて、自分を"ルーク"と呼んだ父の声が、深く、心の奥に響く。


 それは、まるで長い間、閉ざされていた扉が開くような瞬間だった。


 ルークの胸の奥に、今まで感じたことのない感覚が広がっていく。


 ——自分は、決して"必要のない存在"ではなかった。


 そして、父もまた、長い間 "息子"を呼べずにいたのだろう。


 「ああ、ルーク……」


 父の声が、再び、息子の名を呼ぶ。


 ルークは、微かに目を伏せ——静かに、唇を噛んだ。




 ——私は、父に愛された"息子"だったのだ。



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