表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/51

4-4 血の記憶



ゆっくりと意識が浮上していく。目に入った天井の模様で、それが確かに“記憶の中にあるもの”だと認識するまで、数秒の時間を要した。


(……ここは……あぁそうだ……俺は…)



「目覚めたか」


低く落ち着いた声が部屋の中に響いた。


目線を向けると、静かに椅子に腰掛ける父の姿があった。以前よりも皺が増えたように見えるその顔には、安堵と僅かな疲れが混じっている。


「……父上」


自分の声がかすれていることに気づく。喉が乾いているのか、それとも長く眠っていたせいか。


「具合はどうだ」


「……起き上がれるくらいには……」


そう答えながらも、確かに体は重い。だが、それ以上に、頭の中を駆け巡る疑問が多すぎた。


「……あの、それで……」


聞きたいことは山ほどあった。しかし、どこから言葉にすればいいのか分からない。


それを察したのか、ライナルトは静かに頷いた。


「ああ、そうだったな」


深く息を吐きながら、彼は語り始めた。


「ミアからの報告を受け、王国軍が動いた。神殿を制圧し、お前を救出した」


淡々とした口調で、事の顛末を説明していく。


「今、神殿は浄化の真っ最中だ。粛清された者も多い。高位神官のほとんどは処刑、あるいは追放された」


ルークは思わず息を呑む。


「……そこまで……」


「当然だ」


ライナルトは揺るがぬ眼差しで続けた。


「貴族の子息に対する非人道的な行為が露見すれば、もはや神殿に正義はない。王国として見過ごせるはずがないだろう」


それは、冷徹な理に基づいた判断だった。


「だが、組織の根幹はそう簡単には崩れない。まだ動乱の渦中にある」


「……つまり、まだ完全には終わっていない、と」


「いずれは王国の管理下に置くことになるが、今はまだ掌握しきれていない。根が深いからな」


ルークは沈黙した。


神殿の影響力が低下することは間違いない。だが、これで完全に終わるとは思えなかった。むしろ、今は一時の停滞にすぎないのではないか——そんな不安が胸の奥に湧いてくる。


(……王国は本当に神殿を潰すつもりなのか?)


自分の存在が、ここまで事態を大きく動かしてしまったことを、改めて実感する。思考がまとまらないまま、ルークはゆっくりと目を閉じた。


すると、不意にライナルトが言った。


「ルシアン——少し昔の話をしよう」


父の声は、これまでとは違った静けさを帯びていた。


ルークは薄く目を開き、僅かに眉をひそめる。


「昔の話……ですか?」


「お前は、神殿に預けられた当時のことを覚えているか?」


ふいに投げかけられた問い。


ルークは思わず言葉を詰まらせた。


「当時…そういえば……覚えていません…」


そう答えながら、改めて自分の記憶を探る。


「…ずっと精霊が視えるというだけだと思っていました」


「……そうか」


ライナルトは短く呟くと、静かに目を伏せた。


「お前は——かつて、闇の力を暴発させ、人を殺めたことがある」


部屋の温度が一瞬で下がったような錯覚に陥る。


ルークの思考が、一瞬で停止した。


「……何、を」


「覚えていないのも無理はない。だが、それは事実だ」


信じられなかった。


いや——信じたくなかった。


「俺が……人を……?」


「そんな……記憶なんて……」


心臓が不快なほどに鳴る。指先が僅かに震えているのが分かった。


「お前が生まれてすぐ、魔力検査を行った。火・土・雷……そして、"闇"の属性があると判明した」


ライナルトの言葉が続く。


「闇属性を持つ子は、すぐに神殿へ預けられるか、あるいは"産まれなかったことにする"家庭もある」


「貴族として、闇を抱える子を育てるのはリスクが大きい」


「……なら、なぜ……俺を」


ルークは震える声で問いかけた。


ライナルトは、ほんの僅かに視線を落とし、目を細める。


「お前の母が——"この子を育てたい"と言ったからだ」


ルークは息を呑んだ。


「産後の肥立ちが悪く、体は弱かったが……お前を愛してやまなかった」


「お前の名前を呼ぶときの、あいつの笑顔を今でも覚えている」


「ルシアン——お前を"ルーク"と呼んだのは、母だったよ」


ルークの呼吸が浅くなる。


「母が……俺に……?」


「今思えば……あいつは、自分があとどれくらい生きられるのか、見当がついていたのかもしれない」


静寂が落ちる。


ルークはゆっくりと瞳を伏せた。


初めて聞く真実。母の愛情。自分が背負っていた"影"。


これまで知ることのなかった過去が、少しずつ繋がっていく。


そして、ゆっくりと、心の奥で何かが軋んだ——。



---




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ