3-6 計画
――闇の中で二人の影がそれぞれ動き始めた。
ルークは廊下を静かに歩きながら、神殿の構造を改めて頭の中で整理していた。
巡回する神官たちの動き、神殿内の通路の繋がり、そして可能な脱出ルート。どれ一つとして見逃せない要素だった。
(この状況でルイナを逃がすには、万全を期さなければならない)
普段は使われない通路、夜間の巡回の間隔、施錠されていない出口――。ルークは淡々と観察を続け、少しでも突破口になりそうな場所を探し続ける。
一方、ミアもまた神殿の内部で慎重に動いていた。
彼女の目的は、内部の情報を探ること。神官長がルイナに下す次の決定、神官たちの意識の向かい先、警備の隙を見つけること――それらすべてが、計画成功の鍵を握っていた。
(警備の配置が変わっている……私が知っているパターンとは違うわね)
彼女は何気ない仕草で近くの神官に声をかける。
「今日はいつもより警備が厳しいですね」
「ええ、聖女様の件がありましたからな。神官長が警備の増強を命じたのです。巡回ルートも変わりましたし、夜間は特に厳重ですよ」
(なるほど……神官長はまだ警戒を解いていない。でも、こういう変化がある時こそ、隙が生まれるもの)
ミアは自然に微笑みながら会話を続け、より詳しい情報を引き出していく。
――そして、その夜、ルークとミアは交差した。
「なぜお前まで動いている?」
ルークが低い声で問うと、ミアは淡く微笑みながら答えた。
「私は私の心に従ったまで」
ルークはじっと彼女を見つめる。
「……私は成し遂げなければならないことがありますので、表立っては動けませんが……」
ルークは短く息を吐き、静かに言葉を紡ぐ。
「……助かる」
ミアはわずかに目を見開いた。
「……意外ですね。あなたが私に感謝するとは」
「お前が動かなければ、ルイナを逃がすのは難しかった」
「そう、つまり私は利用価値がある、と?」
ルークは少し間を置き、静かに首を振った。
「…………いや。助かると言った」
ミアは驚いたように目を瞬かせ、それから微笑む。
「まだ人の心が残っていたのですね……あなたも…私も」
少し満足そうにそれだけ言い残し、ミアは音もなく踵を返す。
ルークは彼女の背中をしばらく見送り、夜の冷たい空気を吸い込んだ。
(……まだ人の心、か)
確かに、ルークは神殿での長い年月の中で、感情を捨てたつもりだった。だが今、ルイナのために動いている自分は、あの頃の自分とは違うのかもしれない。
「……フッ」
彼は小さく笑い、再び静かに動き出した。
――神殿の脱出計画が、確実に進み始めていた。
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ルイナは暗闇の中でぼんやりと意識を取り戻した。
「……どうしよう…私、失敗しちゃった……」
スオリスがすぐそばで見守っていた。ルイナの魔力を安定させるために、彼女の手を握り続けていたのだ。
「……でも、それは仕方ないことだったでしょ?」
「仕方なくないよ。あんな風に…誰かを傷つけるなんて……もう、二度と暴走したくない」
ルイナは小さく震えながら、こぼれるように呟いた。
スオリスは小さな体で彼女の手をぎゅっと握り返した。
「大丈夫。ルイナはちゃんと、乗り越えられるよ」
その声が、ほんの少しルイナの心を軽くした。
ルークは食事と水を持ってきて、ミアは傷の手当をする。交互にルイナの世話をしながら、計画を少しずつ説明していった。
ルークはルイナの横顔をじっと見つめた後、静かに言った。
「…スオリス、ルイナを守ってくれ」
スオリスはぷくっと頬を膨らませる。
「当たり前でしょーっ!アタシを誰だと思ってるのよ!」
「アタシだってすっごくすっごくムカついてるんだからねーっ!!」
ルークの髪を引っ張るスオリス。八つ当たりに近いその行動に、ルークは軽く苦笑した。
「フッ…頼んだぞ」
スオリスは、はたと手を止め、じっとルークを見つめた。
「……見た?ルイナ…ルーク笑った……」
ルイナはスオリスと目を合わせ、ふっと微笑む。
「ふふっ……笑ったね」
緊張に満ちた日々の中で訪れた、ほんの束の間の穏やかな時間だった。




