3-5 暴走
静寂に包まれた部屋。
窓はあるが、外へ出ることは許されない。鍵のかかった扉の向こうから、時折、神官たちの足音が響く。
ルイナはベッドの上で膝を抱え、じっと壁を見つめていた。
「……」
スオリスが、小さな妖精の姿でルイナの肩にそっと寄り添う。
「ルイナ、大丈夫……?」
ルイナは返事をしなかった。ただ、静かに息を吐くだけ。
監視の目。
自由のない生活。
食事は運ばれるが、味を感じなくなって久しい。話す相手もほとんどいない。唯一の救いはスオリスの存在だったが、それすらも、今は何の慰めにもならなかった。
「聖女って……こんなものなの?」
誰にともなく呟いた言葉が、部屋の冷たい空気に溶けて消える。
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魔法訓練の時間になった。
ルイナは神官たちに連れられ、広間へと向かう。
高い天井。厳かな雰囲気。
「聖女様、本日の訓練を始めます」
神官の一人が形式的な言葉を述べる。
ルイナは機械的に頷き、魔力の制御に意識を向けた。
けれど、集中できない。
魔力が指先でわずかに波打ち、定まらない。
「……」
今までならできたはずのことが、今日は上手くいかない。
──まるで、自分の魔力が言うことを聞かないみたいに。
「おやおや、どうされましたかな?」
ねっとりとした声が響く。
ルイナは顔を上げた。
グレゴールが、不快な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「お疲れでしょうか? それとも……何かご不満でも?」
ルイナの眉がわずかに動いた。
「何事も神殿の意向が第一。これは当然のこと……」
言葉のひとつひとつが、絡みつくように耳に入り込む。
ルイナの中で、何かが限界に近づいていた。
──やめて。
そう言いたかった。
でも、言えば何が起こるか分かっていた。
だから、ただ堪える。
いつものように、何も感じていないふりをして、やり過ごせばいい。
でも──
(……こんなの、やってられない……!!)
グレゴールの声が続く。
「聖女様の尊き力……ぜひとも、余すことなく見せていただきたい。私がこの目で、しっかりと──」
──消えてしまえばいいのに。
瞬間。
ルイナの魔力が、暴走した。
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青白い光が爆発するように広がった。
空気が震え、広間の温度が急激に下がる。
「なっ……!?」
神官たちが叫ぶ間もなく、衝撃波が床を砕き、壁を叩いた。
グレゴールが吹き飛ばされ、石造りの壁に叩きつけられる。
「ぐはっ……!!」
鈍い音とともに、彼の身体が崩れ落ちる。
青白い奔流は収まることなく、広間の空間を歪めながら広がっていく。
スオリスがルイナの頬に手を添えた。
「ルイナ!! やめて!!」
ルイナの瞳は、どこか遠くを見ていた。
「なんてことだ……これは……!」
「やはり……聖女の力は危険なのでは……!」
神官たちの顔が恐怖に歪む。
彼らがルイナを見ている目には、敬意など微塵もなかった。
あるのは、畏怖と……支配しようとする意思だけ。
──ああ。
──やっぱり。
「貴様……よくも……!!」
グレゴールが、血を吐きながら立ち上がった。
「聖女であろうと、管理できぬなら道具と変わらん!!」
神官長が、静かに言葉を紡ぐ。
「……封印のための対策が必要だ」
決定は、一瞬だった。
「聖女を、完全に拘束する」
その命令とともに、ルイナ意識を失い、部屋へと連れ戻され監禁された。
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目を覚ますと、ルイナは自室のベッドの上にいた。
窓には新たに鉄格子が取り付けられている。
扉の外には、明らかに増えた神官たちの気配。
スオリスが震えながら、ルイナにしがみつく。
「ルイナ、大丈夫!? もうやめようよ、こんなの……!!」
ルークもこちらを見つめていた。
「ルイナ……良かった……」
彼の表情が、今までにないほど動揺している。
ミアが冷静に言葉を継ぐ。
「神殿は本気ですね。……聖女完全拘束計画が進行中です」
ルークの拳が、強く握られた。
「このままじゃ、ルイナの一生は奪われる」
その言葉に、ルイナの心が決まった。
「ルイナ、ここから逃げるか?」
「……うん……!」
ルークが深く頷く。
「分かった」
ミアは、すでに神殿内の警備状況を探り始めていた。
「隙は……ある。問題は、どう抜け出すか」
ルークも、脱出ルートの確保に動き出す。
二人はまだ完全な協力関係ではない。
けれど──
ルイナを自由にするために、それぞれが動き始めた。
次なる決断のときが、迫っていた。




