3-2 異常
天井の高い礼拝堂に、静かに神官たちの声が響く。
一糸乱れぬ動きで祈りを捧げ、堂内に漂う沈黙が重くのしかかる。
ルイナは、祭壇の前に立ち、ただその流れに従っていた。
——けれど、今日は何かが違う。
普段と変わらないはずの儀式。それなのに、どこか息が詰まるような感覚がある。
心なしか、神官たちの視線が、妙に突き刺さるように思えた。
(……何か、おかしい)
かすかな違和感が胸を掠めた、その瞬間。
神官長が一歩前に進み、静かに告げた。
「——本日をもって、ルイナ・アーデルを正式に聖女とする」
空気が張り詰めた。
「……え?」
自分の耳を疑った。
だが、神官たちは特に動じることもなく、まるでそれが当然であるかのように静かに頷いている。
違和感が一気に膨れ上がった。
これは——決まっていたこと?
「ねぇルイナ、これ……ヤバいよね?」
スオリスが小さく囁く。その声には、確かな警戒の色があった。
(……拒否する選択肢は、ないってこと?)
まるで、この場にいる誰もがそれ以外の可能性を考えていないような雰囲気だった。
ルイナは、自分の意見がまったく考慮されていないことに気づき、背筋が冷たくなるのを感じた。
周囲が、どこか静まり返っている。
——いや、違う。
これは「様子をうかがう」沈黙だ。
ルイナがどう反応するかを、慎重に見極めている。
まるで、自分が正しくその役割を受け入れるのを期待するかのように。
(……決定事項、ってこと?)
ぎゅっと拳を握る。
心がざわめく。
何も言わなければ、まるで自分がこれを受け入れたことになってしまうようで。
だが、口を開くことができなかった。
この空気の中で、「違う」と否定するのが、あまりにも難しく思えたから。
ただ、儀式は粛々と進み、ルイナの意思とは関係なく、彼女は正式な聖女として認定された。
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自室に戻されるなり、ルイナは乱暴に扉を閉めた。
「……なんなの、もう!」
その声は、自分でも驚くほど荒れていた。
胸の奥で、怒りのような感情が渦巻いている。
あまりにも一方的すぎた。
(私の意思なんて、関係ないってこと……?)
今までは、確かに神殿に疑問を持つことはあった。
でも、それでも「聖女としてここで生きる道もあるのかもしれない」と思ったこともあった。
だけど——今日のことは、あまりにも露骨だ。
ルイナがどう思うかなんて、誰も気にしていなかったのだ。
最初から、「聖女」として縛るつもりでーー。
「……ルイナ、大丈夫?」
スオリスが、不安げに見上げる。
「……わかってる。でも、まだ……まだ決められない」
このまま神殿にいていいのか、それとも——
ルイナは、窓の外を見つめた。
夜の闇が、じわじわと神殿を包み込んでいく。
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神殿の薄暗い回廊。
夜の静寂が満ちる中、ルークとミアが向き合っていた。
「……このままじゃ、ルイナは神殿の所有物にされる」
ルークの声は低く、感情を抑え込んでいたが、その奥にある焦燥が滲み出ていた。
ミアは少し目を伏せ、静かに口を開く。
「それが聖女というものです」
「……お前、本当にそれでいいと思ってるのか?」
「……」
一瞬の沈黙。
ミアは表情を変えないまま、そっと微笑んだ。
「私は私の役目を果たしますよ」
ルークは、その答えをじっと見据えた。
だが、それ以上は何も言わなかった。
二人の立場は、今はまだ交わらない。
けれど——
(お前が何を考えているか、見極めてやる)
ルークは、ミアの背中を見送りながら、静かに拳を握りしめた。
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