3-1 不満・後編
昼食の時間になっても、ルイナの気分は晴れなかった。
(……外に出るのが、そんなにダメなこと?)
頭をもたげる疑問を、スプーンを回しながら反芻する。
神殿の人々がルイナに対して、どこか過剰に気を使っているのは知っていた。でも、それは「聖女候補として特別視されているから」だと、これまでは考えていた。
けれど——。
(ただの特別扱いじゃない。囲い込もうとしてる……?)
気づいてしまった。
この神殿は、ルイナを外の世界と遮断しようとしている。
かすかな苛立ちが胸に湧く。
「ルイナ様?」
声をかけられ、顔を上げると、ミアが穏やかな微笑みを浮かべていた。
「どうかなさいましたか?」
「……ううん。ただ、少し……モヤモヤしてるだけ」
ルイナはスプーンを置き、溜め息をつく。
ミアは静かにルイナの表情を観察したあと、ふっと微笑んだ。
「気分転換に、お茶でもいかがですか?」
「……え?」
「少し気持ちを落ち着ける時間を作るのも、大切かと」
ルイナは一瞬、迷った。けれど、正直このまま考え続けても気分が沈むだけだ。
「……うん。いいかも」
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「あなたも、たまにはいかがですか?」
「……?」
庭園の奥、木陰に立つルークを見つけ、ミアが声をかけた。
ルークは訓練の合間だったのか、いつもの黒い軽装に袖をまくり、剣の柄に手を添えたまま立っていた。
呼びかけに少しだけ眉を寄せたが、ミアの視線が逃さない。
「お茶です。少し、付き合っていただけますか?」
「……」
断る理由がないと悟ったのか、ルークは小さく息を吐き、歩み寄る。
ルイナがすかさず笑みを浮かべた。
「それなら、三人でお茶しましょ!」
「……は?」
「だって、せっかくだし!」
ミアがくすっと笑う。
「ふふ……ルイナ様に誘われたら、断れませんよね?」
ルークは短く「……面倒だ」と呟いたが、それ以上は何も言わずに席に着いた。
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白磁のティーカップに香り高い茶が注がれる。
ルイナはそれを一口飲み、気を抜くように息を吐いた。
「……それにしても、下界なんて言い方しなくてもいいのに」
先ほどの会話を思い出し、ぼやくように言う。
ミアは穏やかに微笑むが、ルークは少しだけ視線を動かした。
「聖女候補という立場だからだろう」
「……でも、なんだか変な感じ。まるで神殿の人たちは、外の世界を『違うもの』として扱ってるみたい。」
ミアがそっと首を傾げる。
「ルイナ様のいた世界では……違うのですか?」
その問いに、ルイナは「あ」と息をのんだ。
考えてみれば、異世界の社会制度について詳しく話したことはなかった。
「……うん、全然違うよ。私のいた世界には、貴族制度なんてとっくに廃止されてるし、奴隷なんてもってのほか!」
ミアの手が、ほんのわずかに震えた。
ルークは表情を変えずにいたが、ルイナの言葉を静かに待っている。
「貴族がいない? それは……どうやって国を運営しているのです?」
「投票とかで決めるの。偉い人を選ぶのは、その国の人たち。王様もいないし、力のある人が支配することもない」
「……?」
ルークがわずかに目を細める。
「では……奴隷は?」
「いないよ! 人を道具みたいに扱うなんて、そんなの許されるわけないじゃない!」
強い口調で言い切ると、二人の表情が微妙に変わった。
ミアは、何かを考え込むように視線を落とす。
「……そのような国が、本当に……」
「うん、人権っていう考え方があってね。すべての人は平等で、自由でいる権利があるの。だから、貴族とか平民とかじゃなくて、みんな同じ立場」
ルークはゆっくりと息を吐いた。
「……この世界とは、かけ離れた考えだな」
「そうかもしれない。でも……」
ルイナはカップを置き、真っ直ぐに二人を見つめた。
「私にとっては、それが当たり前の世界だったんだよ。まぁ…もちろん悪いことする人もたくさんいるけどね」
静寂が落ちる。
ティーカップに映る陽光が、ゆらゆらと揺れていた。
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ルークは、じっとルイナの横顔を見つめた。
この世界の汚さを、彼女は知らない。
貴族の横暴も、奴隷制度の理不尽さも。
それが「異常なこと」だと、この世界の誰もが思わない。
——けれど、ルイナは違った。
彼女の言葉は、まるでこの世界を「否定」しているようで。
同時に——。
「それでも、変えられるかもしれない」 と示しているようでもあった。
ミアもまた、ふっと息を吐き、小さく微笑んだ。
「信じられません……でも、素敵な世界ですね」
そして、彼女は静かに思った。
——このまま、ルイナ様を神殿に閉じ込めるわけにはいかない。
ルークも、目を伏せる。
——この世界の「汚さ」から、彼女を守らなければ。




