2-7 神殿の違和感・後編
魔力量測定が終わった後、ルイナはそっと肩を回しながら訓練場へと向かった。
ここ最近は、ルークと魔法の訓練を行うのが日課になっている。
最初は「神殿の指示で教える者」として接していた彼も、今ではどこか変わってきた気がする。
「ねえ、ルーク。やっぱりみんな、私の魔力量ばっかり気にしてるよね?」
ルイナがぽつりと呟くと、ルークは黙って歩きながら、低く答えた。
「それは当然だろう。だが……お前の魔法に異常性は感じない」
「当然…?ルークは普通に話してくれるのに……」
ルークが少し眉を寄せる。
「どういう意味だ」
ルークは、神官たちのように過剰な敬意を払うことも、妙に距離を取ることもない。ただ、淡々と彼女を見て、適切に評価する。
「……みんな、まるで私が“危険な存在”みたいに見るんだもん」
ふっと小さなため息をついたその時——。
「ねぇねぇ、ルーク?」
スオリスがふわりと飛び、ルークの肩に乗った。
ルークの足が、僅かに止まる。
「なーんか、立ち位置とか視線とか、すっごーく自然にルイナを守る感じになってるんだけど?」
スオリスがにこにこしながら、くすくすと笑う。
「……何の話だ」
ルークの表情がわずかに硬くなる。
それを見て、スオリスは「わかってないな〜」という顔で、
「ふふん♪ ルーク、無自覚だねぇ」
「………」
ルークは、何も言わずにスオリスを指で摘み、無言でルイナの肩に乗せた。
「ええー、雑〜! でも、図星っぽい?」
ルークはそれには応えず、そのまま訓練場の入り口をくぐる。
ルイナは、ふと心の中に温かいものを感じながら、微笑んだ。
「ルーク、ありがとう」
「……礼を言うことじゃない」
「でも、……ありがと」
ルークは少し視線を逸らし、小さく息をついた。
「……お前が気にしすぎなだけだ」
ルイナは、その言葉が「自分を安心させるため」だと気づく。
——そして、この日。
ルークの中に生まれた“小さな変化”は、ゆっくりと広がり始めていた。
◇
「ルイナ様」
訓練の最中、神官の一人が近づいてきた。
「あなたの成長は非常に興味深い。通常、この短期間で魔法をこれほどまでに習得することはありえません」
「えっ?」
「神殿としても、あなたの力をより引き出す訓練を提案したいのです」
ルイナは戸惑った。
確かに、ここに来てから魔法の習得は順調に進んでいる。
けれど、それはスオリスやルークのサポートがあってこそ——自分だけの力ではない。
「……でも、今のままでも十分じゃ」
「いえ、さらに強くなれば、より神の御意に適う力を得ることができるはずです」
その言葉に、ルイナの心がざわめく。
その時——。
「必要ない」
低く響いた声に、ルイナは驚いて振り返った。
ルークだった。
腕を組み、静かに神官を見つめている。
「なぜです?」
「これ以上鍛える必要がどこにある?」
ルークの声には、どこか鋭さが混じっていた。
「彼女はすでに制御できている。強化するのではなく、維持を考えるべきだ」
神官は僅かに目を見開き、ルイナは驚いたようにルークを見つめた。
(ルークが……神殿の意向を否定した?)
神殿に忠実だった彼が、はっきりと反論した。
「ルーク……」
「今日の訓練はこれで終わりだ。先に戻っていてくれ、すぐに追いつく」
ルークはそれだけ告げると、そのまま視線を逸らした。
◇
訓練が終わった後、ルイナは一人で神殿の廊下を歩いていた。
(ルーク……さっきの、何だったんだろう)
彼が神官に反論したこと。
それが何を意味するのか、ルイナはまだ理解できずにいた。
——その時。
「おや、ルイナ様」
不意に、背後から声がかかった。
「少し、お時間をいただけますか?」
ルイナは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
グレゴールだった。
穏やかに微笑んでいるが、その目は妙に鋭い。
「……何か?」
「少し、魔力量測定の件でお話をと思いまして」
そう言いながら、グレゴールの視線がルイナの胸元に落ちる。
——ペンダント。
「そのペンダント……どこで手に入れたのです?」
その瞬間、ペンダントの奥でスオリスがピクリと震えた。
「ちょっ!? コイツ、怪しすぎる!!」
ルイナは反射的にペンダントを手で隠す。
「えっと……家族の形見です」
「……本当に?」
グレゴールの目が、ペンダントに絡みつく。
(なんなの……この感じ)
息が詰まるような、強烈な圧を感じた。
——その時。
「ルイナ、行くぞ」
少し息を切らした低い声とともに、ルイナの腕がぐっと引かれた。
ルークだった。
彼は無言でルイナの手を引き、そのまま歩き出す。
グレゴールが、薄く笑った。
「……やれやれ、冷たいですね」
ルイナは、僅かに戸惑いながら、ルークを見上げた。
「助けてくれたの?」
「……余計な詮索は避けろ」
素っ気ない声。
けれど、腕を引く手は、妙に温かかった。
◇
神殿の図書室。
ミアは、静かに古い記録をめくっていた。
ページをめくる手が、わずかに震える。
(……やはり、ルイナ様の魔力は、コレと関係しているのでは……)
もしそうなら——。
神殿が彼女を手放すはずがない。
ミアはそっと本を閉じ、静かに呟いた。
(これは……ルイナ様には、まだ伝えられませんね)
◇
こうして、ルイナは知らぬままに、
神殿の深い計画の渦へと巻き込まれていく——。




