2-7 神殿の違和感・前半
白く磨かれた回廊に、静かな足音が響く。朝の神殿は穏やかで、澄み渡る青空が高く広がっていた。淡く差し込む陽光が床の石畳に反射し、どこまでも清浄な空気を作り出している。
——けれど。
「……なんか変な感じがする」
ルイナは足を止め、ゆるく眉を寄せた。
「わかる〜。なんかみんなの目が、じとーってしてるよね!」
スオリスが、ルイナの肩にちょこんと座りながら、小さく手を広げるようにして囁く。小さな羽が微かに揺れ、その存在感を示していた。
違和感——それは、ここ数日ずっと感じていたものだった。
神殿での暮らしは、決して悪くはない。食事も寝床も整っており、魔法の訓練を受ける環境としては申し分ないはずだ。それなのに、何かが引っかかる。
神官たちは皆、礼儀正しく振る舞う。
けれど、その中に——本物の敬意とは少し違う、奇妙な距離感を感じることがあった。
例えば、すれ違うたびに交わされる微妙な視線。
会話の端々に、彼女の「魔力量」を意識しているような言葉。
そして、どこかぎこちない態度。
それは、親しみとも畏れとも違う、まるで「探る」ようなものだった。
「……まるで観察されてるみたい」
ルイナの呟きに、スオリスの小さな羽がぴくりと震えた。
「うーん……ルイナは気づいてないかもだけど、たまーに、ちょっとだけ嫌な感じの目線も混ざってるよ」
「嫌な感じ?」
「うん。なんか、じっと見て、何か考えてるっていうか……」
スオリスは、小さく腕を組んで考え込む。
「獲物を狙うみたいな?」
その言葉に、ルイナの胸がざわめいた。
(獲物……?)
その時——。
「ルイナ様、神殿での生活には慣れましたか?」
ふと、後ろから声がかかった。振り返ると、ミアが静かに微笑んでいた。
相変わらず、穏やかで上品な佇まい。けれど、その視線の奥にある感情は読めない。
「うん、でも……ちょっとだけ違和感があるような」
「違和感、ですか?」
「なんだろう……みんな、妙に私の魔力量ばっかり気にしてる気がして」
ルイナが考え込むと、ミアは静かに目を伏せた。
「……それは、ルイナ様が特別だからでしょう」
優しく微笑む声。
その言葉が、やけに引っかかる。
ルイナが言葉を続けようとしたその時、遠くから鐘の音が響いた。
「……時間ですね。では、また後ほど」
ミアは優雅に一礼し、静かに去っていく。
彼女の背を見送りながら、ルイナは胸の奥に、言い知れぬ不安を覚えた。
「特別だから」
果たして、それは喜ぶべきことなのか、それとも——
◇
白い魔法陣の中央に立ち、ルイナはゆっくりと息を吸った。
今日は定期的な魔力量測定の日。周囲には神官たちが並び、静かに見守っている。
この数週間で何度か経験しているが、今日はいつも以上に、張り詰めた空気を感じた。
「ルイナ様、魔力を循環させてください」
神官長の静かな声が響く。
ルイナは頷き、ゆっくりと魔力を解放した。
——瞬間。
神殿の結界が微かに震えた。
青白い魔力が溢れ出し、波紋のように広がる。その場にいた神官たちは、誰もが息を呑んだ。
「……っ」
スオリスが、ルイナの肩で小さく震える。
「ん? なんか変な感じ……」
「えっ?」
「……わかんない。でも、すっごく懐かしい気がするの」
ルイナの目が、大きく見開かれた。
「懐かしい?」
スオリスが「懐かしい」と感じるもの——それは、彼女と出会って以来、初めてのことだった。
「……でも、思い出せない……」
スオリスは、こめかみに指を当て、小さく唸る。
「何か、すごーく大事なことな気がするのに……」
ルイナの胸がざわめいた。
(スオリスが思い出せない何か……それって、一体……?)
一方、神官長とグレゴールは、ルイナの魔力量を示す水晶の数値を見つめ、密かに囁き合っていた。
「……これほどの魔力量を持ちながら、なぜ制御できる?」
「通常なら、暴走していてもおかしくない」
その会話を、ルイナはかすかに聞き取った。
(……やっぱり、何かがおかしい)
けれど、それが何なのかまでは、まだ分からない。
そして——ルイナは気づかない。
神官長とグレゴールが交わした言葉の奥に、密かな「計画」が隠されていることに。




