2-4 魔法訓練
夜が明けると同時に、ルイナは静かに目を開けた。
窓の外では、まだ淡い朝日が神殿の白い壁を照らし始めたばかり。
昨日の出来事を思い返す。
「……やっぱり笑ったよね?」
朝の光が柔らかく差し込む部屋の中で、ルイナはぼんやりと天井を見つめていた。
昨夜、あの冷静沈着なルシアンが、一瞬だけ笑った。
それを思い出すたびに、不思議な感覚が胸に残る。
スオリスも同じことを考えていたのか、ペンダントの中から飛び出してきた。
「絶対笑った!!」
ぷくっと頬を膨らませ、小さな腕を振り回す。
「なにが可笑しかったのよー! アイツ、冷たすぎるくせに!」
「……まぁ、でも」
「……でも?」
「なんか、少しだけ嬉しかったかも」
「はぁぁ!? ルイナ、アンタまでどうかしちゃったの!?」
スオリスは信じられないとばかりに頭を抱えるが、ルイナはなんとなく、あの瞬間の表情が嘘ではなかったように思えた。
コン、コン、と扉を叩く音が響く。
「ルイナ様、お目覚めですね」
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窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が部屋に入り込む。神殿の清らかな空気が、眠気を吹き飛ばすようだった。
「朝食をお持ちしましょうか?」
ミアが問いかける。
「ううん、大丈夫。訓練の前に食べ過ぎると動けなくなりそうだから」
「では、果物を少しだけ準備しておきますね」
テキパキと動きながら、ミアはふと微笑んだ。
「……魔法の訓練、楽しみなのですね?」
「うん! だって魔法だよ? すごくない?」
「ふふ、確かに」
ルイナの目が輝いているのを見て、ミアは穏やかに頷く。
---
ついに魔法の訓練が始まる——ルイナは、期待と少しの緊張を胸に部屋の扉を開けると、そこにはすでにルシアンが待っていた。
「お迎えに上がりました」
彼は淡々とした声で告げると、そのまま静かに歩き出す。
(やっぱり今日もずっと一緒なんだ……)
ルイナは、まだ慣れないこの付きっきりの状況に少しだけ戸惑いながらも、後を追うように歩き出す。
ふたり並んで廊下を進み、講義室へと向かった。
ーバタンッ
講義室の扉が閉まる音とともに、
「まず、魔法の基礎理論を理解しろ」
開口一番、冷静な声が響いた。
(いきなり!?)
ルイナは反射的に背筋を伸ばす。
机の上には、分厚い魔法書が並べられていた。最初は目を輝かせたものの、ルシアンの説明が始まると、一気に現実に引き戻される。
「魔法は、生まれつきの才能ではない」
冷静な声が、静かな講義室に響く。
「魔力とはエネルギーの一種であり、術者の適性に応じて属性が決まる。魔法の発動には、魔力の流れを制御する技術が必要だ」
(おぉ……ファンタジー!!)
ルイナは目を輝かせながら、魔法理論を吸収しようと耳を傾ける。
だが――。
「水魔法は、本来、流体の操作に特化するが、魔力の応用次第では蒸発、氷結も可能。ただし――」
次の瞬間、ルシアンの声が鋭くなる。
「基礎をおろそかにして無闇に応用しようとするのは、愚か者のすることだ」
(……えっ?)
ルイナの頭に、大量の情報が雪崩のように押し寄せる。
(……難しい……!)
ルシアンの説明は的確で、無駄がなく、理論的だった。だが、感情がないせいで、まるで冷たい数式を読み上げられているようだった。
「よ、要するに……?」
「基礎を疎かにして応用に手を出せば、制御ができず、魔法は暴走する。それだけだ」
「……は、はい……」
ルイナは、完全に頭が追いついていなかった。
「ちょっと!……ルイナに厳しすぎ! もっと優しくできないの!?」
スオリスがペンダントの中から飛び出して怒る。
そして——
ルシアンの髪の毛を、ツンツンと引っ張り始めた。
「えっ!?」
驚いて肩をすくめた次の瞬間——
「……やめろ」
静かな声が響く。
「!?」
スオリスがぴたりと固まった。
「ちょ、スオリス!? やめなって!!」
ルイナが慌ててペンダントを抱えると、ルシアンは視界の端でスオリスが暴れていたことを確認し、静かに目を細めた。
(……お前のせいか?)
そう言わんばかりの無言の圧力がルイナに向けられる。
(こ、こわい……)
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講義が終わり、少しの休憩時間。
ルイナはそっとルシアンの顔を窺う。
「あの、本当に視えてるの?」
「……はい」
「声も?」
「聞こえています」
スオリスが驚きの表情を浮かべ、ペンダントの中から顔を出す。
「ならさっきのも聞こえてた!? アンタ、怖すぎ!!」
ルシアンは無表情のままスオリスを一瞥する。
「……」
「もうイヤァァァ!!」
ペンダントの中に逃げ込むスオリスを見て、ルイナは苦笑した。
(本当に、ルシアンさんにはスオリスが見えて、聞こえてるんだ……)
少しずつ、彼への認識が変わり始める。
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そして、いよいよ実技訓練へ。
「まずは基本の水操作から」
ルシアンが淡々と指示を出す。
ルイナは魔力を込め、小さな水の球を作り出した。
「……!」
初めての魔法の成功。
「……悪くない」
冷静な声が評価を下す。
(やった!)
ルイナは少し嬉しくなる。
だが、ふと気づく。
(この水の温度、変えられたらもっと便利なんじゃ……?)
(そういえば、電子レンジって水の分子を振動させて温めてるよね?)
思いついた瞬間、試してみたくなった。
そっと魔力を込める。
水の粒が僅かに震え、その温度がじわりと変化し始める。
「……この短時間で?」
ルシアンの瞳が、かすかに鋭さを増した。
驚きと興味が入り混じった視線が、ルイナを捉える。
(いけるかも……!)
ルイナは魔力の制御を試みながら、さらなる可能性を模索する。
——ここからが、本当の訓練の始まりだった。




