2-3 神殿案内
朝の光が薄く差し込む神殿の部屋。ルイナは寝台の中で、ぼんやりと目を覚ました。
「……ルイナの挨拶、完全無視!!」
胸元から聞こえる怒気を含んだ声に、ルイナはまだ半分眠ったまま瞬きをする。
「……スオリス?」
「昨日のアイツ! ルイナがせっかく挨拶したのに、ガン無視だったじゃない! ありえない!!」
ルイナはようやく思い出し、苦笑した。たしかに、彼は自分を見ようともしなかった。
「ふふ、代わりに怒ってくれてありがとね」
「もう、ルイナは気にしなさすぎよ!」
不機嫌そうに腕を組むスオリスを見て、ルイナは少しだけ心が温かくなった。
そのとき、扉がノックされる。
「お支度の準備ができております」
ミアの落ち着いた声が響いた。
***
「おはようございます、ミアさん」
「昨日も申しましたが、侍女に敬語は不要です」
「あ……すみません。クセで……」
着替えを手伝われることに、ルイナは戸惑いながらも、ぎこちなく袖を通す。
「すぐに慣れますよ、ルイナ様」
ミアは微笑みながら、身支度を整えていく。その手際の良さに、ルイナは少し緊張しながらも、少しずつ神殿での生活に馴染んでいくのだろうかと考えた。
***
「こちらへ」
ルシアンは、静かな声でそう言い、ルイナを案内する。
淡々とした足取り。感情の見えない表情。しかし、説明は無駄なく簡潔で、それでいて的確だった。
「この廊下を進んだ先に礼拝堂があります。神殿において最も神聖な場所の一つであり、重要な儀式はここで執り行われます」
「へぇ……」
ルイナは興味深げに壁画を見上げながら、その場の空気を味わう。
ルシアンはそのまま、食堂、図書室、神官たちの執務室の位置などを冷静に説明していく。
(冷たいけど、頭がいい人なんだな……)
彼の言葉は無駄がなく、まるで必要な情報だけを計算して伝えているようだった。
しかし、スオリスの機嫌は相変わらず直らない。
「まだ挨拶無視したこと許してないんだからねっ」
ペンダントの中で小さな拳を握りしめているのが伝わってきた。
そんなとき――。
***
「おやおや、これはこれは……」
どこからか、ねっとりとした声が響いた。
見ると、一人の中年の神官が近づいてくる。だらしなく笑みを浮かべ、白衣の胸元には飾り気のある装飾が施されていた。
「神殿監察官補佐のグレゴール・ファルクナーだ」
グレゴールは、まずルイナに向き直り、恭しく頭を下げた。
「ルイナ様、お部屋はご満足いただけましたか? いやあ、さすが全属性持ちの聖女候補! 神殿にとって希望の光です!」
「え……?」
その過剰な持ち上げ方に、ルイナは少し戸惑う。
すると、今度はルシアンに視線を向けた。
「ルシアン、お前は引き続き報告を怠るなよ?」
途端に声色が変わる。偉そうに腕を組み、上から見下すような態度だった。
「神官長が期待しているんだから、無能な働きをするな?」
「……承知しました」
ルシアンは表情を変えずに淡々と答える。
ルイナは思った。ルシアンがどれほど冷静な態度を貫こうとも、この男の態度が彼を苛立たせることはないのだろうか、と。
「それにしても……」
グレゴールの視線が、ルイナの胸元に留まった。
「これは……ほほう、珍しいですね!」
彼はルイナのペンダントに異常な関心を示し、ずいっと手を伸ばす。
「よければ拝見しても?」
「っ――」
ルイナが反射的に身を引こうとしたその瞬間――。
***
「ちょっと!! 触るなー!!」
ペンダントの中から、バッと出てきたスオリスの怒声が響いた。
「お世辞しか言えないゴマすりのくせに!」
「ルイナに取り入ろうとしてるのミエミエなんだからね!!」
「どーせアンタもアタシが見えないんでしょ!ばーかばーかべぇー!!」
その罵詈雑言の嵐に、ルイナは思わず焦る。
(ちょっ、スオリス!? さすがに言いすぎじゃ――)
そのときだった。
バチッと――視線が合う。
***
「……え!? ヤバ!? 今、目が合った!? 視えてる!?」
スオリスが反射的にルイナの後ろに隠れる。いや、隠れきれていない。
(え……? 今、スリオスとルシアンさん…目が合ったよね……!?)
ルイナが戸惑いながらルシアンを見つめる。
グレゴールは何も気づかず「では、引き続きよろしくお願いしますよ」と言い残し、その場を去っていった。
***
再び静寂が訪れた廊下。
ルイナは恐る恐る口を開いた。
「あの……もしかして、この子、見えてます?」
「…………はい」
しんとした空気が流れる。
ルイナが言葉を続けようとした、そのとき――。
ふはっ……ククク……。
「!?」
ルシアンが、肩を震わせた。
ルイナは衝撃で目を見開いた。
「え!? 笑った!? 笑ったよね!!?」
「なんで笑ってるのよ!!??」
スオリスもパニックになりながら叫ぶ。
だが――。
ルシアンは、ほんの一瞬、笑みを浮かべただけだった。
すぐに無表情へと戻り、冷静な声で告げる。
「申し訳ありません」
ルイナは何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
(今の……なんだったの……?)
ルシアンは何事もなかったかのように歩き出す。
ルイナはその背を見つめながら、彼への印象がゆっくりと変わっていくのを感じていた。




