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9◇役に立てたら

 アンに見送られ、ディオニスは学校へ向かった。

 ディオニスの屋敷から学校へ通おうとしたら、本来であれば馬車でも片道二時間の距離なのだ。

 瞬間移動は便利で、途中誰にも会わない。劣等生クラスに転落したディオニスに向けられる視線は以前のものとは違うから、そのすべてが煩わしい。


 屋内は歩いて教室へ。

 中でくだらない話に花を咲かせているらしく、笑い声が聞こえてきた。その中心にいるのはコーネルだ。


 コーネルは、クラスの中でも魔力が低い。どうしてこの学校を選んだのかと思うほど適性がない。

 それなのに、何故馬鹿にされないのだろう。皆、彼のそばに集まってくる。


 ディオニスが教室に入ると、水を打ったように静まり返った。緊張が生まれる。

 くだらない話をディオニスには聞かれたくないのだろう。聞きたくもないが。


 席に着いて本を開く。手元にあるライエ名誉教授の論文を読み返しておこうと思ったのだ。

 今度会った時に何か言われたら反論できるように破綻がないか粗探しをするが、舌を巻くほど穴がないのが彼女らしい。


 文字を目で追っていると、コーネルが近づいてきた。


「おはよう、ディオニス」


 また馴れ馴れしくしてきた。無視してやろうとしたが、今日のオムレツが美味かったので返事くらいはしてやろうという気になった。


「おはよう」


 そうしたら、コーネルは目玉が飛び出しそうなほど驚いていた。


「初めて返事してくれた」


 返事が返らないと思ったのなら声をかけてくるなと言いたい。

 コーネルはヘラッと笑う。


「嬉しい」


 こんな程度で嬉しいとかよく言えたものだが、本当に嬉しそうだ。喜びのハードルが非常に低い。

 劣等生でも普通に生活してきた彼は高望みをしないのかもしれない。


「何かいいことがあったんだ?」


 あったのかもしれない。

 けれど、それを認めるとコーネルと同じほど単純な人間のようで嫌だ。


「違う」

「そっかぁ」


 この国は現在、近隣の国々との関係も良好だから、こんなに平和ボケしたヤツでも生きていける。

 けれど、いつか他国との戦争が起こらないとも言えない。生活が脅かされた時にこんなヤツが国に溢れていたら困る。


「お前はどうしてここへ入学したんだ?」


 本を眺めたまま、顔を上げずに尋ねた。コーネルはそれでも穏やかな声で答える。


「うーん、単純に学校生活がしてみたかったのもあるんだけど。できれば人の役に立ちたいと思ってる」

「人の役に立つことで必要とされたいのか?」

「必要っていうか、誰かの役に立てたらそれで嬉しいから」


 役に立てたら嬉しい。

 それはディオニスにはない心の動きだ。


 けれど、アンは。

 今朝のアンは、ディオニスに料理を褒められて嬉しそうだった。


 あの時、アンは自分の能力が認められて嬉しかったのだと受け取った。

 他人が喜んでくれたこと自体が嬉しいと、そんな考え方があるのか。


 頭の中に(もや)がかかったような気分になった。かつて自分にも、そんな感情があったのだろうか。

 ほんの小さな、無垢な子供だった頃には。


 それを失くし、成長した。その感情は成長の妨げとなるものに過ぎなかったから、ふるい落とされた。

 完璧を求めれば、不要なものは捨てるしかないのだ。




 授業中は雑念を抱かず、真剣に話を聞く。

 すでに自主勉強で知っている内容ばかりだが、現状を打破するヒントがどこかにないものかと一言一句逃さずに聞いている。ライエ名誉教授の課題が効果的なのかどうかは、今のところまだわからない。


 授業が終わると、それこそ充填した魔力が切れた自動人形のようにぎこちなく動き始める。

 当分は、学校から屋敷に帰って終わりではないのだ。帰ればアンがいる。

 アンとの交流を重ねていかなくてはならない。


 それはある意味、学校の勉強よりも難しい取り組みなのだ。

 昨晩のようにあの砂糖を使いたくはない。毎日使っていたのではすぐになくなって失格になる。


 今日は慎重に行こう。今朝は上手くいった気がするけれど、あれはディオニスがコントロールしたことではない。

 偶然に頼りすぎるのは危険だから。


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