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6⃣ sugars ~ある魔法使いの試練~  作者: 五十鈴 りく


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37◇厄介者

 王都のタウンハウスの方に、仮面舞踏会用の正装を用意させておいた。

 仮面で顔が隠れると言っても、体形や雰囲気までは隠せない。本気で誰だかわからないわけではないだろう。

 けれど、王太子が仮面を被って招待客に紛れていたら、ディオニスには区別がつかないかもしれない。本当に、これは慎重にならないと大変なことになる。


 どうせ誰かを殺さなくてはならないのなら、逆に侯爵を殺してしまうのはどうだろうか。あんな人間はいなくていい。

 アンのために行ったことなら、アンは許してくれるだろうか。


 ――そうしたいと思ったところで、侯爵は自分が暗殺される可能性も十二分に考えて対策をしているだろう。本懐を遂げられないまま衛兵の前に突き出されるのはディオニスの方だ。


 どう転んでもアンは苦しむのかもしれない。

 せめて一緒に逃げられたらよかった。



 

 こんな時だというのに、事情を何も知らない厄介者がシュペングラー家のタウンハウスへとやってきた。


 来訪者はすべて突っぱねておいたのに、執念深く待ち伏せしていたのだ。

 それは、シュペングラーの親戚である。


 ハンネス・バーナー。

 四十代にもなって、まだ十代前半くらいの中身をしている。見た目は年相応で髪も薄く、お世辞にも美形とは言えない。いつも草臥れたジャケットを着ていて、それが彼の経済状況を表している。


 父の弟の子だったか、妹の子だったか忘れたが、とにかく親戚だ。

 ディオニスが、血の繋がりのないことにほっとしてしまうほど愚かな人物である。ただし、親戚はどれもこれも似たり寄ったりなのが残念なところだ。


「おい、クソガキ」


 中へは入れないのがわかっているので、鉄格子の向こうから声をかけてきた。その様子は檻に入れられた獣にしか見えない。それを当人がわかっていないのがまた滑稽である。


 クソガキのつもりはないので無視した。そうしたら、ガシャンガシャンと鉄格子を揺らし始める。


 今、ディオニスはひどく気が立っている。それに気づいていないハンネスはディオニスが振り返った途端に一瞬怯んだ。

 虚勢を張ってそれをごまかしつつ、また鉄格子を鳴らして威嚇する。


「この泥棒ドブネズミ。この屋敷も地位も全部、お前なんぞが持つべきものじゃない。さっさと放棄して私に返せ」

「知性の欠片もないお言葉ですね。伯爵に品格が必要ないのなら、私で駄目だとも思えませんが。大体、返す前にあなたのものではありませんし」


 鼻で笑ってやったら、ハンネスは赤ら顔をさらに赤く染めた。


「言わせておけば! 知っているんだぞ! お前、今年の進級の時に落第スレスレだったんだろうっ? 爵位のおかげのお情けで進級できたが、最低クラスのミソッカスだってな!」

「爵位は関係ありません。筆記で満点を取りましたので」

「満点を取ったならなんで最低ランクなんだ? 人間性は最悪だが優秀なオツムだけが取り柄じゃなかったのか?」


 急に勝ち誇ったように笑っている。王太子ではなく、この男の暗殺だったら躊躇わないのだが。


「そんな話をしにわざわざ来られたのですか? ずっとそこにいて体を冷やしたいのでしたら、私は構いませんが」


 こんな愚物を相手にしている場合ではない。それなのに、ハンネスはしつこい。

 大体、どうしてこのタイミングでやってきたのだろう。

 ようやく本題に入った。


「……王宮で仮面舞踏会がある。お前が王都に来たのはそのためだろう?」

「それが何か?」


 今は触れたくない話題だというのに、本当にこの男は。

 ハンネスはフフフン、と腹の立つ笑いを向けてきた。


「社交に一切興味を見せなかったくせに、学業が危ういとなった途端にこれだ。いざという時のためのコネを作りたくて参加するのだろう? 言っておくが、仮面舞踏会は顔も身分も隠して参加するのだからな、お前の数少ない取柄のそのツラも、伯爵の肩書も使えない。残念だったな」

「顔を隠してくれるのであなたも参加したかったのですか? 顔面は隠せても体形は隠れませんから、女性が寄ってくるとは限りませんよ」

「この口の減らないクソガキが!」

「お褒めに預かり恐縮です」

「くそっ! 嫌味なヤツめ!」


 本当に、この男は何をしに来たのだろう。ディオニスがさっさと見切りをつけようとしたら、恐ろしいことを言い出した。


「待て! ……お前が本格的に社交界に繰り出すつもりならば、その前にしておかなければならない話がある」

「なんですか? 手短にお願いします」


 どうせろくなことを言わないだろう。そう思ったが、想像以上にろくでもない話だった。


「私の娘であるグレーテが十六歳になった。不本意だが、お前がどうしても爵位を譲らんと言うのなら、娘を嫁に――」

「すみません、その話のどこに私の利点(メリット)があります?」

「なんだとっ? 十六歳のうら若き娘だぞ!」

「……あなたにそっくりのね」


 つまり、ディオニスが社交界で目ぼしい令嬢を見繕う前に手を打ちに来たのだ。そうなったら、自分たちは一巻の終わりだと。


 そんなくだらないことを考えていないで地道に働けばいいものを。少しずつ傾いた家で家財を売って糊口を凌ぐのも限界だろう。ため息が零れる。


「グレーテはお前に嫁いでもいいと承諾した」

「結構です。間に合っております」

「私たちに無断でどこぞの娘と婚約したなどと言うんじゃないだろうな!」

「ああ、しましたよ。とても可愛らしい女性と」


 それだけ告げて背を向けると、ハンネスの言葉にならない怒声が聞こえてきたが、感情が昂りすぎて本当に何を言っているのかわからないので放っておいた。もう、風邪をひいてから帰れ。


 怒鳴り声を受けつけないアンには、獣のように吠えるのをやめない限りは絶対に会わせない。

 この親戚連中に会うと、亡き父の苦労を思い、少しだけ気の毒になるのだった。




 現れたのは厄介な親戚だけ。救いの手は現れない。

 今のディオニスを救える存在などそもそもいないのだ。


 かくしてディオニスは、単独で仮面舞踏会へと赴いた。

 しくじれば、明日の朝陽を拝むことができなくなるかもしれない。成功したら、明るい場所には自ら背を向けたくなるかもしれない。


 それはすべてが終わってみないとわからないことだった。

 そして――。


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