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6⃣ sugars ~ある魔法使いの試練~  作者: 五十鈴 りく


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32◇王都へ

 屋敷に戻ると、久しぶりにザーラと会った。

 細い体にいつもの大きな荷物を背負っている。


「あっ! 伯爵様!」


 アンがいたら会えて喜んだだろう。ザーラもアンに会いたかったはずだ。


「アンお姉ちゃん、いないんですね」


 やはり残念そうに言われてしまった。

 ディオニスは、誓いの意味を込めてザーラに告げる。


「少し用事があって出かけているだけだ。また戻ってくる」


 嘘のつもりはない。

 これは真実になる。真実にするのだ。


 ザーラはそれを聞き、ほっとしたように表情をゆるめた。


「よかったです。今度会えるのを楽しみにしています」

「ああ。……送っていくか?」

「まだ寄るところがあるので、大丈夫です。暗くなる前に帰りますから」

「そうか。気をつけてな」

「はい。ありがとうございます」


 アンがいなかったら、ザーラとこんなふうに話すことはなかった。

 自分のことだけを考え、自分のためだけに努力するばかりで人生を終えただろう。それが味気ないことだと知りもせずに。


 これからは、もっと大きなことに目を向けていかなくてはならない。

 その時、隣にはアンがいなければ、ディオニスの目はまた曇ってしまう。人に優しくできたとしたら、それはアンが心にゆとりをくれたから。優しさを教えてくれたからだ。


 アンを失ったら、人類が滅んでもきっと悲しいとは思えない。

 ディオニスが人の心を失わないように、アンには見張っていてほしい。



     ◇



 王都には一応、シュペングラー家の屋敷もある。とはいえ、領地にあるマナーハウスほどの広さはない。

 自動人形を手配し、手入れは欠かさずにしているから、いきなり行っても泊まれるようにはなっている。


 翌日――。

 ライエ名誉教授と転移魔法で移動し、王都のタウンハウスに着いたのはまだ昼前のことだった。


 初めて父に王都へ連れていかれた時、あまりの人の多さとせせこましさに驚いたのを覚えている。

 貴族である父は、養子になったディオニスを国王にお目見えさせたのだが、さすがにディオニスも緊張しすぎてあの日のことはほとんど覚えていなかった。


 その日会った王族だの貴族だのは全員のっぺらぼうだった気がする。挨拶はできていたらしいが、記憶にない。

 あの日のディオニスは自動人形と同じくらい自動的に動いていたのだ。


 それからも何度か王都へは来ている。ただし、すぐに領地へトンボ返りだった。

 学生であることを理由に、学業を優先するとして社交場へはほとんど足を向けていないのが現状である。


 エーレンフェルス侯爵はもっぱら、領地よりも王都の屋敷に滞在しているらしい。それというのも、やはり社交が目的なのだ。


 ああいう人柄だからこそ、侯爵には敵も多い。現に王太子とは反りが合わないようだ。

 しかし、王太子がこのまま王位に就いた時、それでは侯爵の立場が悪くなってしまう。だからこそ、アンを使って関係の改善を図りたい狙いがある。


 ――というのがライエ名誉教授から得た情報だった。


「アンが言うには、父親は本来アンを嫁がせるつもりはなかったようです。十分な教育を施したとは言えず、家名に泥を塗るだけだから、姉と弟にしか期待していなかったと」

「その姉がコケて、焦ったんでしたっけ? 弟は知りませんけど、期待できなさそうです」

「ええ。弟のギゼル・エーレンフェルスも十四歳にしてすでに、父親譲りのゲスっぷりです」


 アンが可哀想すぎる。本当に、味方がいない家だったのだ。


「どうあっても、もうそんなところに置いておけません」


 とはいえ、現実は厳しく、ディオニスが侯爵に勝てるわけがない。


 口では大きいことを言うとでも返されるかと思ったが、ライエ名誉教授はうなずいてくれた。


「アンの人を見る目は確かだったようですね」

「そのアンを預けたのだから、あなたも俺に期待してくれたのではないのですか?」

「あなたの家は少なくとも、うちより安全かと思いまして」


 ディオニスを見込んだというより、防犯上安全だという理由で選んだだけだと聞こえる。

 聞かなくてよかったところだった。


「……少し休んだらさっそく行きましょう。アンを待たせたくないので」

「ええ。くれぐれも気をつけましょう」


 まだ日は高いけれど、アンは暗闇が嫌いだ。昨晩はどんな思いをして過ごしたのかと思うと胸が痛い。


 早く――。

 気持ちは焦っても、行ってみないことには何ができるのかもわからないのだ。


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