表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6⃣ sugars ~ある魔法使いの試練~  作者: 五十鈴 りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/45

3◇名誉教授の館

 回復魔法を効率的に学ぶためにはどうすればいいのだろうか。

 皆が受ける授業だけで一人特出するのは難しいはずだ。


 授業とは別に、その道の玄人に教えを乞うのが一番手っ取り早い気がする。

 その相手を誰にすべきか考えた。少なくとも、ディオニスが嘘偽りなく尊敬するための実績が重要だ。でないと、素直に話を聞けない。


 ただし、いかに優秀であろうとも王宮に勤めるほどの多忙な人物では無理だろう。それで白羽の矢を立てたのが、この学校を退職した名誉教授の一人だ。

 フリーデル・ライエという老婦人で、この学校の敷地のそばに国王から土地を与えられてそこに住んでいる。


 隠居した身で、しかも元教育者だ。何度かこの学校で講義を行っていたが、理路整然と話し、女ながらに感情的になることは少なかった。底意地の悪い質問にも動じずに論破する。


 ああいう人物ならば、将来有望なディオニスが師事したいと頼めば、国のために受けてくれるだろう。ディオニスの才能が埋もれてしまったら、国家レベルの損失なのだから。




 ディオニスはその日の放課後、さっさと教室を出てライエ名誉教授の棲み処へ向かう。寮生活を嫌い、自らの屋敷から通っているから、ディオニスが敷地の外へ出ても誰も気にしない。


 移動手段はほぼ魔法によるところである。長距離転移は消耗が激しいけれど、短距離、中距離程度ならば補強道具をつけていれば楽なものだ。

 ブーツを履いた上から足首に金属製のリングを嵌めていて、これがサポートしてくれる。値段は、ダイヤモンドの指輪よりも高い。


 つま先を地面に当て、小さく息をつく。体がふわりと浮いた。

 そうして、シュン、と小さな音だけ立てて転移する。転移魔法はその場から消えて別の場所に出るのだから、かなり高度な技である。

 特別な装備もいることなので、学校では習わない。習うとしたら、卒業後に魔術師団にでも所属してからだ。

 ディオニスは幼少期から装備品が与えられ、専門の家庭教師がついたので使えるようになっているが。


 次に地面に降りた時、そこはライエ名誉教授の住む館の目の前だ。

 その館は一人住まいの老婦人に相応しい小さな館だった。蔦が壁を這い、レトロな風情を醸し出している。よく手入れされた花壇には春の花が咲いていた。


 ディオニスは手を使わずに魔力の波動でドアベルを鳴らした。そうしたら、すぐにメイドが出てきた。


 黒いワンピースに白いエプロンのメイド服を着た十代後半の少女。セミロングの黒髪と知的な顔立ちをしているが、表情が乏しい。

 それも当然ではある。この娘は人ではないのだから。


「私はディオニス・シュペングラーだ。フリーデル・ライエ名誉教授に取り次いでくれ」

「少々お待ちくださいませ」


 メイドは真顔で答えて奥へ消えた。人間らしい愛嬌というものは設定されていない。


 この国では家事労働といったものは魔法によって動く自動人形が行う。貴族や有力者の屋敷ではそれが常識である。

 自動人形は粗相をしない、裏切らない。家庭から秘密が漏れる可能性も格段に低くなる。


 生身の人間など雇うのは、高額な自動人形を用意できない下流というわけである。ディオニスの屋敷もそうだ。生身の人間など一人も雇っていないし、今後も要らない。


 しばらくして、その自動人形のメイドが戻ってきた。


「ご主人様がお会いになります。奥へどうぞ」


 入学当初から話題になっていたディオニスの名を知らないはずがない。ライエ名誉教授はディオニスが直々に会いに来て驚いているだろうか。


 ライエ名誉教授は安楽椅子に座って編み物をしていた。バーガンディの毛糸が膝で揺れている。

 そうしていると本当にただの品のよい老婦人にしか見えない。なんとなく、自動人形のメイドと顔が似ていた。この自動人形のメイドは彼女の手作りなのかもしれない。

 そんなことを考えながら挨拶をする。


「ディオニス・シュペングラーと申します。ライエ名誉教授、突然の来訪にも関わらず面会をお許し頂きありがとうございます」


 ディオニスなりに礼を欠かないように挨拶をした。もともと容姿がよいので、下手に出ていれば不快感を抱かれる恐れはないはずである。


 ライエ名誉教授はにこりと笑っていた。大丈夫そうだ。


「ええ、あなたのお話は窺っていますよ。あなたの担任だったメルダースは私の教え子の一人ですからね。進級の際に回復魔法の適性が――ひどい値だったとか」


 いきなり核心に迫る発言をされたが、ディオニスは耐えた。


「……そうなのです。だとしても、私にも立場というものがあり、劣等生クラスに甘んじてよいはずがございません。回復魔法に関する基礎知識も入手可能な専門書は片っ端から読みました。ライエ名誉教授の論文も拝読させて頂いております。それに、魔力も申し分ないはずで、自分でもこの結果には驚いているのですが」


 すると、ライエ名誉教授は編み物をしている手を止め、口元に手を当ててコロコロと笑い出した。


 何が可笑しいのかよくわからなかった。きょとんとしてしまうと、ライエはにこやかにディオニスを見据えたまま言い放った。


「特に驚くべきことだとは思いません。あなたにはどう見ても回復魔法の適性はありませんから」

「そ、そんなことは……っ」


 地位や才能に溺れず、ディオニスは努力をしてきた。何もしないで首位でいられるほど世の中は甘くない。

 それなのに、こんな理不尽な否定を受けるのは納得が行かなかった。


「私の何がどう悪いのか教えてください」


 少々ムキになって言ってしまった。すると、ライエ名誉教授はうなずく。


「人を癒す術は心で使うものなのです。私の論文を読んだと言うのならおわりでしょう?」

「ええ、ですから、傷を塞ぐイメージで念じて……」

「違います。あなたに回復魔法の適性がないのは、慈愛の心が足りないからですよ」


 スパン、と刃物で斬りつけられたくらいの鮮やかさで返された。ニコニコと優し気に笑いながらもライエ名誉教授は容赦がない。


「噛み砕きますと、自分勝手で性格が悪く、他者への思い遣りに欠けている。それこそが、高い魔力を有しながらもあなたが回復魔法をほとんど使えない理由です」


 遠慮なく正直に答えてほしいと前置きをしたつもりはないのだが、遠慮がなくて正直すぎる。本人を目の前にしてそこまで言うか。

 愕然とするくらいはっきり言われた。怒るタイミングも失うほど潔い。


 ディオニスが言葉を返せずに呆然としていると、ライエ名誉教授はまたコロコロと笑っていた。見た目通りの優しいおばあさんではない。


「そ、それは、私という人間はどう足掻いても回復魔法を使えるようにはならないということでしょうか?」


 そんなことがあっていいのだろうか。

 絶望に苛まれ、怒りが湧かない。


 こんな日が来るなんて思いもしなかった。努力は実を結ぶと信じていたのに、努力では克服できないことがこの世あるなんて。


 ディオニスがあまりにもショックを受けていたせいか、ライエ名誉教授は笑うのをやめた。


「絶対にというわけではありませんよ。あなた次第です」

「ですが……」


 どうしたらいいのかわからない。もう駄目だ。

 がっくりと項垂れた。


「これだから挫折慣れしていない子は」


 舌打ちしそうな勢いでつぶやかれた。

 それから、ライエ名誉教授は少し考えてからディオニスをじっと見つめた。彼女の淡い色合いの瞳を見ると、ディオニスの自尊心が打ち砕かれそうになる。


 本当に人に敬われ、人生を歩んできた人間とはこのような人物であり、ディオニスはまだその域には程遠いのだと。


 けれど、ライエ名誉教授は小さくうなずいた。


「では、課題を出しましょう」

メルダース先生は師匠に似て口が悪くなってしまったのでした(え?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ