お仕えしている皇家一の問題児と名高い第二皇女様の様子がおかしい 【続きみたいなの出来ました】
気分転換に五分で考えた設定で書いた緩いお話です。
【追記】続きのような、補完のような話を書きました~。ページ下部にリンクがあるので、そちらから良ければどうぞ。シリーズ一覧からも見れます。
大陸の半分を支配する、帝国。
その帝都にある、巨大な巨大な宮殿。そこで私は働いている。侍女の一人として。
「第二皇女宮宛ての荷物はこれだよ、アシュリー」
「ありがとうございまぁす」
相変わらず、量が多い。台車に載っているとはいえ、とてもではないが私一人で運ぶ量ではなかったが、これはいつもの事である。
ここは帝国が誇る巨大宮殿の本殿の端。私が働いているのはここから少し離れた位置にある、第二皇女宮と呼ばれている建物である。
第二皇女宮は文字通り、帝国の太陽たる皇帝陛下の娘である第二皇女様のお住まいな訳だが……そこに近づきたいという人間は、殆どいない。
皇帝陛下には何人も子がいるが、第二皇女は多くの人間から疎まれ嫌われている。
理由は簡単。性格が最悪だからだ。
傲慢、強欲、我儘、飽き性。自分の望むことは何でも叶うと思っているし、他人は自分のために命を使うのが普通だと思っている。気分が悪ければ物を振り回し、周囲の物品を破壊するだけならまだしも、時には侍女たちに暴力だってふるう。まさしく最悪な主人であり、第二皇女宮で働く使用人は、各皇女皇子殿下方が暮らす宮の中でも最少数だ。多くの使用人たちがここに異動しろと言われない事を祈っており、配属された使用人の殆どが、早く辞めたいと思っている。
「ふう! やっと運び終わったあ」
三往復してやっとすべての荷物を運び終えた私は、はあ、と息を吐く。休憩したいところであるが、そういう訳にもいかない。私はすぐ、第二皇女の三時のお八つの準備に向かった。
同僚もほとんどおらず、いる人間の大半も入れ替わりが激しい。そんな職場に私がいる理由は、シンプルだ。
金だ。
第二皇女の性格の悪さから、第二皇女宮から逃げ出す使用人は後を絶たなかった。
けれど血筋的な事を考えたとき、第二皇女は多数いる皇女皇子らの中でもトップクラスで蔑ろに出来ない。
また、皇帝陛下も無視のような形で存在を黙認している以上、第二皇女を放置するわけにもいかない。
苦肉の策として、第二皇女宮で働く使用人たちには、他で働く使用人の約二倍の給金を払うとしたのだ。その噂を聞いた私は、これに飛びついた。
だって二か月かけて貯めるお金が、一か月で貯まるのである。飛びつかない訳にはいかない。
金のためと割り切れば、第二皇女がどんなに暴れても構わない。怪我をした場合の治療費も、宮殿が持つ契約になっているので、むしろ軽度なら怪我をした方が得だ。
第二皇女は定期的に人を殺してるなんて噂もあるが、それは嘘だ。大怪我をさせた事はあれど、殺したことは流石にない。なのでまあ死なないだろうという楽観視の元、私は第二皇女宮で働いている。
「皇女様にお八つ届けてまいりまぁす」
「ええアシュリー。皇女様は朝からご機嫌が悪いようだから、気を付けてちょうだい」
「はぁい侍女長」
直属の上司である侍女長との関係も、長くなってきたものだ。上も横も下もすぐに異動希望を出すものだから、私は侍女の中では古参になってしまった。
「第二皇女様、失礼いたします。三時のお八つを持ってまいりました」
未だ寝室から出てこず惰眠を貪っているという第二皇女の部屋のドアをたたくが、返事はない。いつもの事である。この場合は何度も呼び掛けるより、しばらく待った後、静かにドアを開けて、今日のお八つを主張して入室した方が怒られにくい。
……十分に待ったので、私はクローシュをそっと開ける。お、今日はガトーショコラだ。美味そう~~私も食べてみたい~~などと思いながら、私は静かにドアを開ける。
「失礼いたします。皇女殿下。本日のお八つのガトーショコラでございます」
普段ならここのあたりで枕の一つでも飛んでくるので、いつでもクローシュを戻してガトーショコラを隠せるようにしておく。
……。
……?
枕が飛んでこない。珍しい事もあるものだと、私はちらりと第二皇女の方を見た。
第二皇女はベッドに腰かけて、頭を片手で抑えていた。
「皇女殿下。どこかお身体の調子が悪いのでしょうか」
だとしたら医者を呼ばねばならない。ちなみに第二皇女はすぐに暴力をふるうため、医者にも嫌われている。閑話休題。
第二皇女の方に近づいていくと、皇女は顔を上げた。いつも通り、不機嫌そうな顔である。皇族の証ともいわれる、形を変化させ続ける瞳孔が、私を見つめるとぐるんと大きな丸になったかと思えば、その丸がだんだんと小さくなっていく。
「……侍女長を呼びなさい」
「畏まりました」
低い声で命じられて、それに従う。
侍女長の元へ向かうと、侍女長は「今度はなんだ」という顔をして、第二皇女の元へ向かった。この人は第二皇女と一番関係が長い人で、他の使用人には「クビよ!」とすぐに叫ぶ第二皇女も、侍女長にだけはそう叫んだことがない。だからきっと私の知らない絆があるのだろう……と、思っていたのだが。
「侍女長。お前はクビよ。今すぐに私の城から出ていきなさい」
「は!? な、なぜですか殿下!」
私は壁の花となって、その言い争いを見ていた。
突然の命令――自体は、よくある事ではあったが、侍女長は流石に納得がいかないと食い下がる。第二皇女は「うるさい」「理由なんてなんでもいいでしょう」「クビ」の三つを使いまわしていたが、あまりにひかない侍女長に、瞳孔を縦長にしながら叫んだ。
「うるさいわね! こいつを地下牢に!」
私に言っているらしい。勘弁してくれと思ったが、第二皇女の命令では仕方ない。侍女長を無理矢理引きずり、地下に向かう。侍女長は暴れたが、道中合流した同僚に「第二皇女殿下が侍女長を地下牢に入れろと……」と命令の話をすれば、同僚も侍女長に申し訳なさそうな顔をしながら、彼女を地下牢に放り投げた。
地下牢は名前の通り地下なので、じめじめしているが、それなりに綺麗だ。怒った第二皇女が使用人への罰で地下牢を使う事が多々あるため、哀れな同僚のために普段から綺麗にしているからだ。
「どうしてわたくしが地下牢に入れられなくてはならないの!?」
「分かりませんが……きっと第二皇女殿下の気まぐれですよ、すぐに出れると思います、侍女長」
◆
なんて慰めを言った数日後に侍女長は処刑された。罪状は横領。第二皇女宮に入ってくるお金を懐に入れていたらしい。もちろん、そんな事は一人では出来ない。協力して横領をしていたという、第二皇女宮の責任者である宮長や経理の人間も一緒に首が飛んだ。物理的に。
第二皇女の様子のおかしさは、思い返せば、ここから始まった。
こののち、第二皇女は次々に自分の周囲を整理していった。
第二皇女にイイ顔をして紛い物贋作偽物を売り込んでいたという商人に罰を下し。
第二皇女の存在しない噂を囁いていた他皇女宮の侍女を裁き。
第二皇女宮内にいた様々な派閥のスパイたちを離職させていく。
婚約者でありながら、第四皇女とイイ仲になっていた侯爵令息との婚約をあちらの有責で破棄もした。
あれほど婚約者に執着していたのに。
大量に買い込んでいた趣味の悪い服などは売り飛ばした。それまでは子供っぽい服ばかりを着こんでいたが、気が付けばシンプルなドレスを身にまとう事が増えた。
素材がいいからとしていた、薄化粧もやめた。必要に応じて、それなりに塗りたくる化粧をするようになった。逆に、外に出る予定がない日は一切の化粧もしなくなった。
いつも大量に作らせ、すべての料理を一口ずつしか食べず、残りはすべて廃棄していた。それもやめて(皇女曰く「一口ずつ食べるのが面倒」なのだとか)、一人分の料理を毎回食べるようになった。
第二皇女の横顔を見ていて、思った。かつてはあれも欲しいこれも欲しいとギラギラしていた瞳が、ひどく凪いでいた。すべてを諦めているようにすら感じられる。
まるで別人だ。
気味が悪い。
離職しようかな~と思っていた私を、第二皇女殿下は呼び出した。
「離職しようと思っているのでなくて」
「イエソンナコトハ」
「給金。今の倍にするわ」
「一生お仕えさせていただきます第二皇女殿下」
跪いてそういいながら第二皇女殿下を見上げる。第二皇女殿下はそんな私を見下ろして、ため息を吐いた。
「お前は金さえ払えば最期まで私を裏切らないでしょうね」
「勿論です!」
元気よく頷く私の前で、第二皇女殿下は振り返った。形を変える瞳孔が、何かを狙うように十字に伸びている。
「お前には働いてもらうわ。私の平穏な余生のためにね」
余生って。私より年下の癖に。そう思いつつ、私は目の前にぶら下がるお金にハートがわしづかみにされているので、笑顔で頷いた。
様子は明らかにおかしいが、お金がもらえるんだったらなんでもいい!
◆
帝国一の問題児と言われていた悪辣な第二皇女が、帝国を救う救世の乙女と呼ばれる事になるのは、未来のお話。
その乙女の横には、いつも、飄々とした侍女が一人いたと言い伝えられている。