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8話



「………今日はなんの用?」


ブレイズが性懲りも無く、私の家までやってきていた。


「今日はね、人間さんのことだから」


「私? アズールのことじゃなくて」


「人間さんの弱みを掴めないかなって」


「性格悪いね」


「猫はそういうものさ。それで調べてたらわかってきたことがある。人間さんの秘密、わかっちゃった」


「……あっそ。バラすの、それを」


「別に。そういう気分じゃない。それより、僕は聞きたいことがあるんだよ」



―――どうして人間さんはあんなことがあったっていうのにヘラヘラしていられるの?



「どうして、笑ってられるの?」


それは純粋な疑問だった。


「……なってみればわかるよ。人間はね、時間が経てば慣れていくの。例えば、心の底から好きな人が居て、その人が居なくなって自暴自棄になる。でも、時間が経てばケロッとして思うんだ、どうしてあんなに自暴自棄になってたんだろうって。そりゃ、最初はこんなにヘラヘラしてなかったよ」


「……そういうものなの?」


「そういうものなの」


「そっか……もうひとつ。それ、アズールに言うの?」


「言わないんじゃない。言って何になるのさ」


「……誰かに縋ることを、弱いことだと思っているなら大間違いだよ。アズールが可哀想だ」


「アズールだって隠し事をしている。どっちもどっちなんだ」


「……臆病者だね。言いたいことは言ったから僕は帰るよ。アズールのこと何かわかったら教えて」


「……うん」


ブレイズは夕焼け空の下茂みの中へと消えていった。……言えるわけがないじゃないか、大事な人だからこそ、言えないんだ。




「アズール」


「ん、どうかした?」


「私がとんでもない秘密を抱えていたとして、貴方はそれを知りたい?」


「……そりゃあ、聞きたいっちゃ聞きたいな」


「それを聞いたら、貴方が私から離れるかもしれないよ」


「そんなに不味いことなのか。まぁ、私が音廻から離れるなんてそうそうないから安心しなよ」


「……じゃあ、いつか教えてあげる。十年後くらいに」


「その時まで円満に過ごせたら良いな」


「そうだね、私から離れるつもりはないし」


「同意。絶対ありえないね」


「……これが友情ってやつ?」


「多分な」


「……アズールも、秘密があるんだよね」


「もちろん」


「それ、いつ教えてくれる?」


「一年後くらいかな」


「長いね」


「音廻の十年よりはマシさ」


「教えてくれないのはやっぱり理由があるの?」


「今言うべき時じゃないから、それだけ」


「そっかぁ」


「時期が来たらちゃんと言うから安心してくれ」


「私も時期が来たら教えてあげるよ」


「約束だな」


「うん、約束」


私たちは笑い合って、お互いの小指を結んだ。



――――――――――――――――――



アズールと出会ってから一ヶ月、二ヶ月と時間がすぐに去っていく。


「いらっしゃいませー」


「……まるで傀儡だな」


「……仕方がないじゃん」


私はお花屋さんのバイトをしていた。アズールも一緒にバイトをしている。正直、知り合いが居る方が気が楽なので助かる。


「あー、暇だなぁ…」


「暇なのか」


「アズールは暇じゃないの?」


「音廻と話しているからな」


「なるほど」


「私との会話はつまらないか?」


「そんなことはないけど」


「じゃあ暇じゃないよな?」


「謝るからそんな意地悪く言わないでよ」


「バイトは、辛いか?」


「ずっと立ってるからね。でもお金もらえるし」


「お金は大事だもんな。いらっしゃいませー」


と、一見ガラの悪い男の人が入ってきた。見た目で判断するのはいけないんだけどさ、こういう人って理不尽ないちゃもんつけてきたりするから面倒。これはどこの店でも変わらないことだと思ってる。


なんてことを考えていると予感的中。他のお客さんに声をかけ始めた。見た感じ学生だと思う。


「……あの女の子、困ってるよな」


「……そうだね」


「音廻」


「?」


「今日で音廻と一緒にバイトできるの最後かもしれない」


「え?」


その途端、アズールは男の人のところへ向かった。


「お客さん」


「あ?」


男の人はアズールに威圧する。


「他のお客さんの迷惑になる行為は控えていただきたい」


「うるせぇよ、野郎は引っ込んでろ」


「そういうわけにはいかないな。店員である以上、お客さんが困っていたら助けなければいけない」


「英雄ぶってんじゃねぇよ気持ち悪い!」


「私は頑張って正義の英雄になろうとしているだけだ」


「やかましいぞ!」


すると男はアズールに向かって拳を振るった。しかし、アズールは赤子を相手にするかのようにその拳を片手で受け止めた。男の手が鬱血していく、凄まじい握力だと理解できた。


「……調子に乗るのも良い加減にしろ若造。このままお前の手を粉砕してやろうか」


「……くそが」


男の人が店を出て行った。


「……負け犬の遠吠えが」


と、息を吐いたアズールだった。




帰り道、私はアズールに言った。


「アズールって、凄いんだね」


「何が?」


「あそこで行動に移せたこと。かなり勇気がいるじゃん?」


「全然」


「怖いとか思わなかったの?」


「全然。困っている人がいたら助かるものだろう」


「……それが簡単にできたら苦労しないんだ」


私は全く動けなかった。行動するだけの勇気がなかったんだ。……情けないな。


「それが当たり前と思っている貴方は、凄いよ」


「私も誰かに助けられたからこうしているってだけだよ」


「溺れてた時の?」


「そう。あの人間のように、誰かを助けてやりたいって」


「…………」


「それに、私が出なくても音廻が止めに行っていただろう?」


「……いや、きっと動けなかったよ」


「そうなのか」


「そうだよ。私は、臆病者だから。貴方が居なかったら、私は見て見ぬふりをしていたよ。正義を謳ってるくせに、いざ現場に立ち向かうと嘘みたいに身体が動かなくなるんだ。私は、貴方が思っているほどの人間じゃない。きっと、私は貴方に相応しくない」


「らしくないな」


「…………」


ぽん、と私の頭に手が置かれる。


「よしよし」


最初は抵抗していたけど、だんだんとそれを受け入れていて、最後にはアズールのことを抱きしめていた。


「音廻は、臆病者なんかじゃないよ。私が保証する」


「どうしてそんなことが言えるの」


「言えるから」


「理由になってない」


……こんな私でも、誰かを救える人間になれるのかな。


……いや、なるっていうのが正しいか。



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