7話
「人間さん人間さん」
「……何?」
「ちょっと二人きりで話したいことがあるんだ。人間さんと最初に会ったあの河で待ち合わせしようよ」
「…………」
「大丈夫だって、酷いことはしない。本当に話したいことがあるだけ」
「………わかった」
「じゃ、先に行ってるよ」
……朝っぱらから暇な猫だな。窓を叩く音が聞こえて起きたら窓下に居ただなんて。
「おはよう、音廻」
「朝っぱらから暇な人だな」
「?」
「まだ辰の刻なんだけど。そんなに私に会いたかった? 大好きなんだね、私のことが」
「自惚れてるな、まぁ事実だけどさ。大好きだよ」
「堂々と言うな恥ずかしい」
「私が男だったら恋してたか?」
「うるさいな。どうしてそこまでして私を大事にするわけ?」
「……音廻の人間性に惹かれた、とか?」
「私は別に善行を積んでるわけじゃない。ただ生きてるだけの人間だよ」
「……正直、私もよくわからない。でもいろんなことが噛み合っているからこういう関係でいられてるんだと思う」
「本当、貴方とはまだ少ししか関わってないのにね」
「相性ばっちしってことだな。ところで、さっきから何してるんだ? 出かけるのか」
「そんなところ」
「私も行くぞ」
「いや、大丈夫。その代わりお留守番してて」
待ち合わせ場所はあの河。河がトラウマなアズールを連れていくわけにはいかない。
「それじゃ、いってくるから」
「気をつけてな」
アズールは微笑んで、私を見送った。
「それで、何の用?」
「もちろんアズールのことさ。何か進展はあった?」
「何もないよ。アズールの性別も知らない」
「あれだけ一緒に居るのに?」
「別に現状維持で良いじゃん……」
「……わりとどっちだと思ってる?」
「…………」
「言っておくけど本気で答えてよ? アズールは男だと思う? 女だと思う?。僕は男だと確信している」
「………私は、私から言えるのは………わからない、それだけ」
「……どっちか答えるだけで良いんだよ?」
「言ったじゃないか、わからないって。男の子のように見える時もあるし、か弱い女の子に見える時もある。半分半分なんだ」
「つまらない答えだね」
「悪かったね」
「あんなイケメンな子、例えどっちの性別であろうと襲わない手はないでしょ」
「私はそんなに飢えてない。ていうか、そんなことするなんて最低だよ。もう帰って良い?」
「じゃあ、最後に一つ。アズールは性別以上に深い闇を抱えているよ。気をつけてね」
そうしてブレイズは意味深な言葉を残して去っていった。
「性別よりも深い闇、か」
それがなんなのかはわからない。今度それとなく尋ねてみようか。
「ただいま、アズール」
私は家に戻って自分の部屋の前まで来た。
「おわっ!? 音廻、帰ってきてたのか! 待ってくれ扉は私が開ける」
「何をそんなに慌てているの?」
「なんでも良いじゃないか、私が開けるから待ってくれ。………よし、いいぞ」
扉が開いた。部屋の中を見た私が最初に放ったのは
「どうしてこんなに汚いの」
「だって音廻が帰ってくるの遅いんだもん」
「一時間も経ってなくない? 寂しがりやめ」
「そうだよ、寂しかったよ。だから、何か話そう」
「話したいこと?」
「何か、思い出はあるか?」
「思い出は………少ないかな。姉さんと遊びに出かけたことくらいしかない」
「私は音廻と一緒に寝たことだぞ」
「………茶化さないでよ」
「茶化してない。至って本気」
「……ありがと」
「辛かったことは?」
「…なんていうか、ある事実が絶望的な内容だったこと」
「その事実って?」
「男だと思っていたら女だった」
「……私のことじゃないか!? そんなにショックだったのか!?」
「だって美少年だと思ったら美少女だったなんて衝撃走るよ。女の子っぽい男ならまだしも、男の子っぽい女なんて」
……と嘘を吐いた。
「アズールは、言わずもがな……か」
「その通り。音廻、過去は変えたいと思うか?」
「……私は、そうだな……別に、かな。変えられないから過去なんだ、過去があるから今がある」
「なるほど、そういう考えなのか」
「違うんだ?」
「私は、人間達に期待している」
「……どういうこと?」
「いつか、タイムマシンを作ってくれる誰かが居るんだと」
「タイムマシンなんて、空想論でしかない。それに、仮に過去を変えたらパラドックスが起きてしまうじゃない」
「こういう話くらい夢を見ようよ。もしかしたら、音廻が大人になるくらいには過去に戻る術ができているかもしれないよ? もしそうなら……私は過去に戻って自分を男性にするかな」
「……………」
「音廻、もし私が男性だったら……どうしてた?」
「………かっこいいし、惚れてたんじゃない?」
「正直だね」
「取り繕っても意味ないし」
「ははは、やっぱり音廻と居ると楽しいや……」
「そっか、それは良かったよ」
私とアズールは、それからしばらく楽しく雑談をした。
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夜、私はある場所に来ていた。夜になると蛍が光を宿し、自由に翅を動かして宙を舞う。それが幻想的で美しい。そのくせこの場所は知名度が低い。だから私だけのものにしたかった、けれど……
「どうしてここに居るの」
先客が居た。私がよく知る人物だった。
「おかしなことを言うね音廻、別にここは音廻だけの場所ではないだろう」
「それは、そうなんだけどさ。よく知ってたね」
「凄いだろう?」
「まぁね」
「蛍って、可哀想じゃないか?」
「どうして?」
「こうして見ている分には美しいのに、いざ顔を拡大して見たらキモいだの酷い言われようなんだから」
「虫って感じがしないからだろうね」
「桜とは違う、美しさがここにはあるな」
「……でも、私は桜が好きだけど嫌いだ」
「矛盾してるじゃないか」
「まぁ最後まで聞いてよ。桜って春が一番綺麗じゃん? 夏になったら緑色に染まって、秋になったら枯れ葉になって、冬になったら散って、また春になれば花を咲かす。それが桜の良さだと思ってる。年がら年中咲いてたら、ここまで綺麗だなんて言われないよ。ここの蛍だってそう、蛍が見れるのは夏まで。秋になったら見れなくなってしまう」
「そうだったのか、知らなかった」
「けど、ここの蛍は不思議でね。一年中ずっと光ってるんだ。だから、桜よりもこの蛍は美しくない。けど、ずっと輝いている、だから私はこの場所が好きなんだ。いつでも綺麗な景色を見られるから」
「なるほど、そういうことか」
「貴方は違うの?」
「私にとっては……ちょっと思い出があるってだけさ」
……アズールのように、何か思い出があればまた違う考えがあったのだろうか、と思いながら私はアズールと会話を続けた。




