5話
「……アズール、今日はいつ帰るつもりなの?」
「……今日は、泊まる」
「ダメ」
「女同士のお泊まりなんてよくあることなんだろう? どうしてそんなに拒否するんだ」
「……アズールのこと、無意識に男の人って認識しちゃうし」
「じゃあここで全裸になれば女だって認めてくれるわけだな!」
「やめろやめろやめろ!! どうしてそこまで泊まりたいの!?」
「自分の家に帰るのが面倒だから」
「わかったよ、今回だけね」
「え、毎日じゃないの?」
「逆にどうしてそう思ったんだ」
「じゃあ二日に一回」
「頻度高すぎだろ。泊まるのは良いけど……どこで寝るかだね」
「ベッドがあるじゃないか」
「これ一人用なんだけど」
「詰めればいける。最悪私が掛け布団の上で寝る」
「猫かよ」
「別に、女同士なんだから何の問題もないだろう。それとも、男が近くに居ると眠れないのか?」
「……からかってる?」
「からかうと楽しいからな」
「……お風呂は、どうするの?」
「そうだな、流石に照れ臭いから少し外にいてもらえると助かるんだ」
「だったら帰って入れば良いじゃん」
「お泊まりだからここで入る」
「……わかったよ。30分くらい外に居るから」
そうして私は外に出た。あんなに同性だと謳っているのに、お風呂は恥ずかしがるんだな……よくわからない人。
「……そろそろ帰ろうかな。お風呂入って早く寝たい」
「やあ、人間さん」
近くの河でたむろしていた私。そこで聞き慣れた声が聞こえた。
「………何」
「ひどいなぁ、そんなピリピリしなくてもいいじゃないか。どうしてこんな時間に? アズールと喧嘩して家出した?」
「いやそんなんじゃないよ。単純にお風呂に入るから貸してるだけ。見られるのが恥ずかしいんだってさ」
「なんで覗かないんだよ」
「なんで覗くんだよ」
「そうすれば簡単に性別がわかるのに。ついていたら男、なかったら女だ」
「あのさぁ、相手が嫌がってるのに見るバカがどこにいるっていうのさ」
「じゃあどうやって性別確認するのさ」
「別に、私はアズールが男か女かなんてそこまで固執はしてない」
「つまんない人間。アズールが男だったらなかなか面白いし、人間さんにも都合が良い。違う?」
「さぁね」
「今日はここまでにしておくよ。アズールの性別がわかったら教えてよ。僕も何かあったら教えるから。また今度ね」
……もう会いたくないけどね。
「……音廻」
「わざわざここまで?」
「さっきの猫は?」
「この前会った猫」
「何者なんだろうな」
「わからない」
「まぁそれは置いといて。音廻は何か怖いものがあるか?」
「いきなりだね。……パッとは思いつかないかな」
「じゃあ、私の怖いものは何だと思う?」
「ヒントは?」
「ここから近いもの」
私は周囲を見渡して
「……河?」
「正解だ」
「何かトラウマでもあるの?」
「子供の頃、河で溺れてしまったんだ。その橋は老朽化していて、床が抜けてしまったんだ」
「大丈夫だった?」
「……ある人間が助けてくれたから。暗い世界の中息が出来ず、体も動かせず。死を感じた。けれど上に見えた光から手が差し出された」
「その人が、前言ってた命の恩人?」
「そういうこと。あの人間のおかげで、私は今生きている。だから、いつか恩返しをしたい」
「そんなことがあったんだ……怖かったよね。……帰ろうか」
「ああ。寒いのは嫌いだからな。音廻も早く入ると良い」
「そうだね」
アズールと一緒に家に帰り、着いたらすぐに乾いたお風呂場へと入った。
良いお湯だった。私はパジャマに着替えて自分の部屋へ向かう。アズールは既に私のベッドで寝ていた。
「図々しい人……」
律儀なことに私も入れるように隙間を作っている。床で寝るわけにもいかないし、なによりここは私の家だ。私はベッドで寝るべきだ。私はその隙間に入った。
「…………」
アズールは目を閉じている。今なら性別がどちらなのか確認できるだろうか。いや、しかしそれが望まない事実だとしたら怖い。ああもういいや、寝よう。ゆっくり目を閉じて眠ろうとした時
「………?」
物音がした。アズールがベッドから降りて部屋を出ていく。トイレだろうか?
「ゲボ……ガ、……アッ、ガハッ……!!」
「!!」
もしかして、嘔吐してる? 苦しそうな声に心配になって、私はアズールを追いかける。
「………何これ」
廊下を歩く途中、何かが落ちていた。青色の……髪の毛?
「………音廻?」
前からやってきたアズール。首を傾げて私を見ている。
「アズール、大丈夫? なんか苦しそうに吐いていたみたいだけど」
「……ああ、あれか。ごめん、心配させたか。ちょっと喉が渇いて何か飲もうとしたら突然おえってなってさ。よくあるじゃんこういうの」
「……大丈夫、なんだよね?」
「大丈夫大丈夫、何も出なかったから」
「………本当に?」
「どうして?」
「だって……苦しそうに息してるんだもん」
明らかに呼吸の仕方がおかしかった。まるで運動した後のように息が上がっていた。
「吐きかけたからな。そういうものだよ。さ、部屋に戻って寝よう」
「……わかった」
部屋に戻って、一緒に横になる。アズールはいつもの穏やかな姿勢を保っていた。
「………音廻」
「何?」
「ちょっとだけ、怖いや」
「何が?」
「さっき、河を見ただろう? 目を閉じるとあの時がフラッシュバックして、怖いんだ」
「……河、あんまり見たことないんだ」
「私にとっては恐怖そのもの。見ることはできる限りしなかった。油断したら、またあの世界へ飲まれてしまうんじゃないかって」
「そっか……」
「………音廻、無理を承知でお願いするんだが……ハグして寝ていい?」
「……ハグッ、そんな、それはその……」
「……ダメ?」
きゅる、とした瞳でこちらを見てくる。トラウマは、本人にとってはとても恐ろしくて、足枷になるもの。子供の頃なら尚更だ。そこに男女は関係ない。
「……わかった、ぎゅ」
アズールの身体の熱が伝わってくる。まるで炎のように暖かい。冬なら大層喜べたなこれは。
「………まだ起きてるか?」
「うん」
「もう少しだけ、話したい」
「わかった」
「音廻は何か好きな本とかあるか?」
「特にこれといったものは」
「私は、『鶴の恩返し』が好きだ。命の恩人に身をすり減らしてでも尽くす姿勢に憧れる」
「でも、あの話最後は男の人に鶴の姿を見られてどこかへ行っちゃうよ?」
「……私が鶴なら、本当の姿を見られたら逆に嬉しいんだけどな」
「ふーん……」
「……ごめん、眠かったろう?」
「いや、大丈夫だよ。寝ようか」
「ああ、おやすみ」
アズールが目を閉じたことを確認して、私も目を閉じて眠ることにした。必死に鳴り響く心臓を堪えながら。




