15話
「………帰ってこれた、のか。案外変わってないんもんなんだな」
故郷への帰還の安らぎはこれくらいにして、俺には行くべき場所がある。
「どれだけ、待ち続けていただろう」
俺にとっては数時間でも、彼女にとっては十年だ。どうしているのだろうか。俺は約束の場所へと走り向かった。
すっかり辺りは夜になっていた。俺は走る、ひたすらに走る。そして、そして、俺は辿り着く、その場所に。
「…………」
だが、そこには彼女は居なかった。その代わりにとでもいうのか、花が一輪と
「………音廻から、もらった……ストラップ……」
今気づいたが、首の圧迫感が消えていた。どうやら落としていたらしい。思い当たるなら、ここに戻る瞬間だろうか。
それにしても……
「この岩は、なんなんだろう」
岩にしては形がおかしい。明らかに人の手が加わっている。そうでなければこんなにつるつるしていないし、ビート板みたいな形なんてしていない。
「………誰か、来る?」
足音が聞こえた。現れたのは、音廻の姉……蒼冬という名前だったか。彼女は私を見るなり、驚いた様子で
「……えっ、蒼冬さん?」
という声を出すのだった。
「どうしてここに? 引っ越したんじゃ?」
「ああ、えっと、戻ってきたんだ。音廻との約束を果たしに。ここで、待ち合わせをするって約束を」
「…………」
「それで……音廻はどこに? まだ来ていないのかな?」
「……あの、アズールさん。聞いて欲しいことがあるの」
「何だ?」
「音廻は、亡くなったのよ」
「………ん?」
彼女は、今なんて言ったんだ?
「今、なんて?」
「音廻は死んだ、ついこの間ね」
「…………どういう意味だ?」
「……そのままの意味よ」
「……待ってくれよ」
音廻が、死んだ? その言葉を、到底受け入れられるわけもない。
「あの子ね、病気だったの。なかなかの難病で、長くは生きられないってお医者さんから言われて」
「……いつから?」
「十年前には、既に」
じゃあ、俺が彼女に会った時には、既に彼女は、病に侵されていた? 病で死んだから、俺は彼女に会えなかった?
「お願い、あの子を恨まないでほしいの。それに、私も音廻も、貴方に感謝しているから」
「……どういう意味だ?」
「音廻の病気、不治の病……ってほどではなかったんだけど、病気の事を知ってから音廻は治療をしなくなったの。どうせやっても無駄だって。……生き続けることを、諦めたのよ。でもあの日会った時、体調が悪かったはずの音廻は明らかに体調が良かった。双子だからすぐにわかった。今思い返せば、貴方の影響なのかしら?」
「私?」
「推測でしかないけどね。貴方が遠くへ引っ越した日、音廻は病気の治療に専念し始めた。理由を聞いたらあの子は言った。『伝えなきゃいけないことがあるから』って」
「…………」
「でも、それは唐突だった。順調なはずだった、治るのもあと少しのはずだった。なのに……病気がいきなり悪化したのよ」
「…………」
「『死にたくない』ってあの子、何度も言ってたわ。泣きながら、何度も、何度も」
「……そうか」
もはや、どう言葉を返せばいいかもわからない。なんと言えばいいのか、心が無になるというのはまさにこのことを言うのだろう。
「それと……これ、音廻から」
そうして彼女が渡してきたもの。確かボイスレコーダーと呼ぶものだったか。
『やっほ、この声をを貴方が聞いているってことは……もしかしたら私はもうこの世界には居ないのかな? もしもの時のために、言いたいことを残しておくね。まず、秘密について説明するよ。姉さんから聞いたと思うけど、私、病気なんだ。あと十年も生きられないんだって。そのことを言わなかったのは、言いたくなかったのは、貴方が悲しむ姿を見たくなかったし、私がヘタレだったから。ごめんね、こんな人間で
病気のことを知ってから、生きる気力が無くなっちゃって。もういつ死んでもいいやー、ってところで貴方に会って……生きたいって思った。貴方と過ごした日々が、本当に楽しかったから。これからもずっと、そんな日々を過ごしたいと思ったから。だから、私は今病気を治すのに専念してる。
アズール、私に会ってくれてありがとう。私に生きたいって思わせてくれてありがとう。……さて、この音声を消すためにも病気を治さなくちゃ。またね』
「…………」
「……大丈夫?」
「……これ、貰っても良いだろうか」
「もちろん」
「……ありがとう」
俺は岩の前に膝をついて一礼し、帰路についた。
家に帰ると、姉上が迎えてくれた。心配そうに俺のことを見る。
「………何だ」
「………いや、すごく酷い顔だなと。過去で何があった?」
隠す必要も、今はないか。
「……大好きな人間に、会おうとした。命の恩人で、話せば話すほど一緒に居たくなった人間。あっという間に時間がすぎて、別れを告げて、また会おうって約束して……」
喉が痛い。鋭い痛みが、痛くてたまらなくて、血反吐を吐いた。
「……なぁ、姉上」
「……うん」
「俺の大好きな人間、死んじまった……」
姉上が血を吐く俺を宥める。鳴き声にすらならない声があがる。
俺は彼女のために過去に行った。過去に行って、さらに彼女のことが好きになって、好きで好きで仕方がなかったのに、こんな結末……現実はあまりにも非情なのだと思い知った。
彼女は、どうして生きられなかったのだろうか。成長した彼女の姿が見たかった、成長した彼女とデートくらいしたかった。神が存在するのなら、俺はとことん神を憎むだろう。
こんなにも喉が締め付けられて、裂けて、痛くて苦しいのに。こんなにも目頭が熱くなっているのに……
俺の目から涙は一粒も出なかった。




