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咲の場合 1989年  作者: 霞芯
2/2

2話 カレーライス

 咲は、トウビクレコードで林との顔合わせを終え、エレベーターに乗っていた。

 〝不協和音〟何故かその言葉が頭に浮かんだ。

 林は、決して悪い印象ではなかった。

トウビクレコードのディレクターも、候補の曲も、申し分なかった。

 咲でも解るくらい、そこにはシンガーになる〝シンデレラストーリー〟が用意されていた。

だが、手放しに喜べていない自分がいるのも確かであった。


 エレベーターが1階に着くと、目の前に食堂があった。

林から、「トウビクのカレーを食べないとミュージシャンとは、言えないな!」とカレーライスを薦められていた事を思い出した。

 咲は、何気なく食堂の扉を開いた。

「いらっしゃいませ」

その言葉の主は、白髪を後ろで束ねた、長身の老人であった。

「おや?新人さんかい?どうぞ」とさして広くない店内の客席へ案内した。

咲は、恐る恐る恐縮して、ソファーへ座った。

しばらくして、老人は、水とおしぼりを載せた銀のトレーを持ち、「決まりましたか?」と聞いた。

咲は、「いえ!まだデビューは決まってません!」と返答すると、老人は、〝ニヤ〟と笑い、「メニューですよ!お嬢さん」と優しく問いかけた。

咲は、「あっ!カレーライスお願いします!」と顔を赤くして注文した。

老人は、「これから、デビューですか?どっかでお会いしました?見たことあるような‥」

咲は、「はい!私〝キャンディ〟ってバンドのヴォーカルなんです!無名ですけど‥」とかしこまり答えた。

老人は、「あっ!〝キャンディ〟ね!知ってるよ中学生バンドの!〝バンドサバイバル〟は面白かったな〜、あっカレーだったね、ちょっとまってね!」そう言ってカウンターの中へ入った。


 「今日、他のメンバーは?一人で打ち合わせかい?」とカウンターの奥から、老人が話かける。

咲は、「その〜私一人なんです‥デビューも‥」と小声で答えた。

老人は、「そうかい‥まあ、よくある話だな‥バンドのメンバー悪くなかったけどな!玄君だっけ?ドラムの、彼はいいドラマーになるよ!僕もね、昔ドラムやってたから、なんて言うかな?彼のドラムは、〝優しい〟よねっ、人柄が出てるよ!」とカレーを運びながら、話かけた。

咲は、湯気の立ったカレーを見て、〝どうして5人でカレーを食べないのだろう?〟と今まで違う事に気づいた。

老人は、カレーを咲に出すと、「人生には、別れ道がある。選択だな?右か左か、よく恋人同士でもあるだろ?僕は、お嬢ちゃんに、アドバイスなんかできないけど、歳をとるとね、全部〝正解〟の選択をした!と思えてきてね、確かに若い頃は、あの時別の選択をしていれば、なんて後悔したけど、次の選択をする為に必要だったんだ!ってね、あっゴメン、カレー冷めちゃうね、長話が悪い癖だよ!」と

奥へ引っ込んだ。

咲は、カレーをまじまじと見つめた。

〝どうして?カレーが5個ないの?私みんなで食べたかった‥〟とカレーを見ながら涙がでてきた。

そのうちに、咲は、嗚咽をもらし泣き出した。

声を聞いた老人が、ビックリして、奥から出てきた。

「おじさん!」と鼻水まで垂らし大泣きしている。

老人は、ハンカチを渡し、「なんか悪い事言っちゃたかな?」と狼狽している。


 暫くして、咲は、泣き止み、目の前には、カレーライスがあった。

老人は、「カレー冷めちゃったね‥交換してくるよ!」そう言って冷めたカレーを下げようとした。

咲は、「待ってください!ごめんなさい!私カレー食べられない!皆んなと一緒じゃないと!私だけ食べるなんてできない!」とまた泣き始めた。

老人は、横に座り肩を叩いた。


 咲は、すっかり暗くなったトウビクレコードの前に立った。

老人は、がんとして、食べなかったカレーの代金を受け取らなかった。

咲は老人に「必ず5人でカレー食べにきますから!」と伝えていた。

咲は、「私には〝キャンディ〟しかないの‥」

そう呟き、春の暗くなった夜道を歩きだした。



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