表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

原因と結果

 京都大学植物学研究室でのゲノム編集穀物の栽培実験は二酸化炭素消費に大きな成果を上げる結果となった。さらに生産された穀物も毒性はなく、収量は少ないが食用に耐えうることが農学部の研究スタッフとの共同研究で証明された。安全で副作用がなく二酸化炭素を大量に消費してくれる穀物であることが確かめられたわけである。穀物は地球上の多くの地域で大量に生産されており、3か月ほどで成長するので二酸化炭素減少に大きく寄与することが期待された。この研究成果をお世話になった南極のアイスコアを採取する研究を行っている南極観測隊のスタッフに報告した。すると彼らは独自の解釈を持っていることがわかった。ネット回線のweb会議で彼らと話し合った。

「南極の吉田研究員ですか。こちらは京都大学の杉下です。アイスコアのデータを参考にさせていただいて11100年前ぐらいの植物の花粉からDNAを採取して、その時代のイネや麦など古植物の再生に成功しました。私たちの仮説は地球が二酸化炭素濃度が高まって気温が上昇しきった11100年前ぐらいの植物は、自ら二酸化炭素を大量に消化するシステムを身につけ、植物の力で温暖化を解消していったのではないかと考えたのです。そしてその再生した古生物を栽培したところ、二酸化炭素吸収能力に優れた植物であることを証明できました。」と伝えると意外な反応が返って来た。

「杉下先生、素晴らしい研究成果、おめでとうございました。先生方の御努力に敬意を表します。ただ11100年前に代表される温暖化した地球を寒冷化に戻した主な要因は、私たち南極観測グループは太陽の働きと地球の地軸のずれの問題だと考えています。太陽の燃焼は、何百年かの周期ではげしくなったり衰えたりすることは、昔から知られていました。また地球の地軸は公転面に対して23.4度傾いていることは、中学や高校で学習しますが、実際にはこれが少しづつ変化してずれているのです。このずれが大きくなると極地方の寒さが大きくなり、寒冷化が進みます。逆にずれが小さくなると極地方が温暖化し地球全体が温暖になっていきます。11100年前に代表される温暖化した時代は、これらの要因で温暖化してしまった。その頃の植物は温暖化した気候に適応する形で、生き残るために自分たちの形を変えていったのだと考えています。その根拠は地球の温度の変化よりも二酸化炭素濃度の変化は、少し遅れてやってきていると私たちの観測結果は示しています。このことは温暖化や寒冷化の原因は地球の地軸のずれなど地球物理学的な変化であり、その結果が植物の働きの変化だと論じてきました。ですから先生方が主張する植物が主体的に自らの働きで気候変動をもたらしたとする説には正直、賛同しかねます。」とはっきり言われてしまった。文部科学省管轄の南極観測隊と環境省管轄の日本環境会議の見解が真っ向から対立することになってしまった。

 原因と結果の解釈が全く反対になり、議論は平行線になったのでその日のweb会議は終了となった。

 自分たちの研究を否定された2人は残念な気持ちを隠せないまま少し落ち込んでマンションに帰る道筋の百万遍界隈の中華屋さんで、軽く飲んで帰ろうということになった。大学の近くなので学生相手の安さが売りの店で、脂ぎった薄汚いテーブルにつくととりあえずビールを注文して、つまみには餃子とザーサイを頼んだ。すぐにビール瓶が2本運ばれてきて、それぞれのコップに注ぎ終わると、乾杯して一口飲むと佐久間が

「それにしても南極の吉田研究員ははっきりと否定してきましたね。あそこまで言いますかね。こっちはそれなりの調査データはもっているのに。」と悔しそうに話した。

「そうだよな。二酸化炭素が減ったというデータは出てるんだよ。でも彼らが言う気温の低下と二酸化炭素濃度の低下は時間差があるというのも信憑性があるからな。何といってもアイスコアから1年ごとの詳しいデータが取れるんだろ。」

「でも気温のデータはそこまで正確ではないはずよ。自分たちで調べたデータではなく何か他の研究機関が発表した、気温変化のデータを引用しているのよ。だからまだどっちが正しいかは分からないはず。」と負けず嫌いの一面をのぞかせた。

 大きな声で話しているとザーサイが小さな皿に入って運ばれてきた。杉下の好物である。中国野菜の漬物と言ったところだが、その歯ごたえがたまらないらしい。一口ザーサイを頬張った時、入口に見たことのある男が入って来た。その顔を見るなり

「荒井君じゃないか。久しぶり。元気だった。」と声をかけた。佐久間も

「荒井君、医学部のお医者さんも、こんなきたない町中華に来るんだね。」と店の主人に気を使いながら声を押さえて話しかけた。荒井君は杉下や佐久間と同じ福井県の藤島高校出身の医学部准教授で、現在は附属病院の指導医をしているはずだ。高校時代から秀才で杉下や佐久間とは同じ京都大学でも出来が違っていた。

「どうした、2人そろって飲んでるなんて、やっぱりお前たち出来てたんだな。」

かなり古い言い回しである。

「お前こそ、一人で来るなんてどうかしたのか?」と聞くと

「嫁が同窓会とかで実家に帰ったんだ。今日は独り身なんだ。だから簡単に飯を済ませようと思ってさ。」と言うので一緒に飲もうということになった。

3人になって最初は高校時代の学校祭の話や、同級生は今どこで何をしているとかどこにでもある同級生トークを弾ませていたが、途中から杉下が日本環境会議と南極観測隊とのこれまでの経過を荒井に話すと荒井は

「おまえたち、2人そろって日本環境会議のメンバーなんてすごいな。世界に貢献出来たらノーベル賞物かも知れないぞ。」とはやし立ててきた。

「ところでさっきの原因と結果の話、お前はどう思う?」と聞いてみた。すると

「よく似た事例は医学界でもあるんだ。指先と脳の関係で、たとえば交通事故で頭をけがして麻痺が残って右手が動かなくなるってことはよくあるだろ。普通考えたら脳の損傷が原因だから、脳の手術をして損傷した場所を修復しないと、右手は動くようにはならないはずだよな。でもそうじゃないんだ。脳を手術するというのは危険を伴うし、脳の研究はそこまで進んでないから、何処をどう直せば右手が動くようになるかわかってないんだ。しかし動かない右手を強制的に毎日動かしていると、少しずつだが動かせるようになるんだ。これがリハビリテーション、これはよく聞くだろ。動かない手を他人の力で動かしてもらっているうちに、指令を出す方の脳の組織が再生されて、麻痺が解消してくるという仕組みさ。これは人体の話であって植物に応用できるかどうかは分からないよ、おれは植物の専門家じゃないから。でも生物っていうのは、不思議な力を持っているんだ。トカゲなんかは危険を感じると尻尾を自分で切って逃げるだろ。でもすぐまた生えてくるんだ。アメーバーなんか体を半分に切っても、ほんの数分で細胞分裂して元の姿に戻ってしまうし。こんな話は自然界には山ほどあるんじゃないか。」とビールを飲みながら豪快に話してくれた。高校2年の時に同じ9組だったけどその時も一人だけ別世界の話をしているような天才だったが、今日も2人に素晴らしい話をしてくれた。

「原因なのか結果なのかなんて関係なくて、結果として植物が環境に適応するために変更していった光合成の働きは、逆に気候要素そのものを変更させることもありうるということなんだね。」と佐久間が感心しきりに荒井の顔を見ながら話した。

杉下も荒井の話に光明を見た感じがした。改めていろいろな業種の方との共同研究が大切だとも感じた。医学の分野ではリハビリテーションの話は当然のことのようだ。そういえば幼いころからピアノの練習をすることは、指先の動きをトレーニングすることになり、そのことは脳の細胞を分化させることになり、小さいころの学習能力にもつながるというのは、高校の保健体育で習った気がした。

 久しぶりに集まった高校の同級生3人は、そのまま町中華でビールから日本酒、ワインまで開けて飲んだ。話題は高校時代の話になり、当然のように恋愛話に発展した。

「野球部だった関川君は吹奏楽部の坂井さんと結婚したって知ってる?」と佐久間が情報通であることを自慢すると、そんな話題についてこれない荒井君は

「え、全然知らなかったよ。坂井さん、かわいかったな。一言も話したことなかったけど。」と言うと杉下が荒井の背中を平手でたたきながら

「おまえは勉強ばっかりで女の子に目もくれてなかったと思ってたのに、坂井さんは見てたのか。」と少し酔ってからんでいる。

「当然じゃないか。彼女はみんなのアイドルだっただろ。」と高校時代のことを思い出しながらにやにやして語っている。

「それじゃ、荒井君は今の奥さんとはどこで知り合ったの?」佐久間が切り出した。

「今の奥さんは医局の看護師さんだったんだ。職場お見合いみたいな感じかな。忙しくて彼女がいなかった僕のことを心配した同僚たちが、強引に集団お見合いみたいな席を設けて、そこから付き合いが始まったんだ。」と自分のことを白状した。すかさず佐久間が

「どんな人なの、芸能人で言うと誰に似てるの?」執拗な質問は続いた。

「小柄でかわいらしい人だよ。うちの奥さんだけど。芸能人で言うのは難しいけど浅田美代子みたいな感じかな。」と荒井が言うと佐久間も杉下も酔いもあったのか、椅子から転げ落ちるように笑いこけた。荒井も負けじと

「君たち2人はまだ結婚してないんだろ。35歳なのにどうして?」と素朴な疑問を投げかけた。2人には少し酷な直球の質問だった。

「なぜって言われても、私には分からないけど、しいて言えば忙しかったからかな。」と佐久間が苦しそうに答弁すると杉下は

「高校から大学の研究室までほとんど一緒だったけど、いつも研究に追い込まれていたね。3年前には佐久間が福井へ就職してしまって遠距離になってしまったし、結婚のチャンスがなかなかなかったのかな。」とやや消極的な意見を述べた。すると佐久間が少し怒ったように杉下を睨み

「それじゃ、まるで私が悪いみたいじゃないの。年縞博物館へ行ったのも好き好んでいったわけじゃないんですけど。私はそろそろかなって思っていたけど。でもいつまで待っててもあんたがプロポーズしてくれないから、いつの間にか35歳になってしまったのよ。どうしてくれるのよ。」感情が高ぶった佐久間美佳は途中から笑いながらも涙を流して嗚咽交じりで杉下に迫った。荒井は自分の不用意な発言から修羅場になってしまったことで、少し申し訳なさそうにしながら沈黙を保って2人の様子を見守った。

「ごめんね。僕は高校1年生の頃からずっとそばにいてくれた君が大好きだよ。近くにいるから、いつでも大丈夫って言う気のゆるみがあったんだな。ごめんね。ぼくは佐久間美佳さんを永遠の伴侶として結婚したいと思っています。どうかよろしくお願いします。」とこれまで言えなかったプロポーズを口にした。

突然のことに驚いた佐久間はそれまでの感情爆発の涙から嬉しさの涙にかわった。

「おいおい、こんな町中華の店で、しかも修羅場になったシチュエーションでプロポーズしちゃっていいの? 佐久間さんもこんな安っぽい、雰囲気のないプロポーズで満足できたの?一生に一度のことだよ。」と荒井君が確かめてくれていた。しかし佐久間美佳はそんな荒井の言葉など耳に入らない感じで、杉下の方を見つめて目を離さない。杉下も涙で潤んだ佐久間の目を見つめている。結局その日から2人は同居して新たな生活を始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ