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平均気温上昇鈍化

バンクーバーでの会議を受け、環境省には世界各国からゲノム編集された二酸化炭素消費に特化した穀物の種についての問い合わせがひっきりなしだそうだ。今日の朝も松村大臣から杉下の所に電話連絡があった。それぞれの穀物の種子は500万粒づつ程度はそろっているが、大量生産には歯が立たない。ここからは栽培の専門家に任せることになり、環境省を通じて各穀物別に各県の農業試験場にお願いした。イネは福井県、小麦は京都府、大豆は滋賀県、とうもろこしは奈良県が受け入れてくれた。

 福井の農業試験場では500万粒、100kgのイネの種籾をビニールハウスで育苗作業をして、丁寧に発芽させると5月の連休明けに試験場周辺の田んぼに田植えをしてくれた。試験場だけの田んぼでは足りないので周囲の農家の協力もいただき世界中の国々や国内の他の県に分けるための種もみつくりを進めた。イネの場合、1回の収穫で約200倍に増えるので100kgだった種籾は翌年には2トンに増える予定だ。ただ栽培途中には大切な作業が残されていた。副作用の調査である。周辺の植物や動物に影響はないか、出来上がった米を食べても悪影響はないか。動物学者も植物学者も動員して大プロジェクトして進めていかれた。

 動物学者は試験栽培の田んぼにオタマジャクシやアメンボ、ドジョウなどを放流し、生育の具合を調べた。植物学者も田んぼの水中には各種の水生植物を、田んぼのまわりの畔には大豆を植えたり各種の花を植えたりして影響を調べた。5月は天候は穏やかで、暑い日も多かったが晴天が続き、苗の生育は順調だった。しかし6月になると梅雨が昔に比べて20日以上はやくやってきた。ただしここ数年は異常気象でこんなものだったが、異常に速い梅雨入りで、豪雨の日が何回もあった。7月初めには梅雨明けして、今度は35度を超える暑さが福井を襲った。しかし稲の生育には好都合で本来、熱帯で育てられるイネはこのような気候を好むようだ。しかし9月に入ると暑さも和らいできた。秋雨シーズンは再び集中豪雨があり、台風が重なるとイネが倒れてしまう。稲穂の生育具合と台風が来そうな日を考え、台風の直前に刈り入れを行った。


 杉下と佐久間は感慨深く稲刈りを見学した。栽培は彼らの出来る事ではないので皆さんにお願いするしかないのだが、この収穫したコメが種もみとなって日本中に、さらに世界中に広がっていく。その過程を研究者として見届ける必要があると思ったので、福井の農業試験場から連絡を受けると昨晩サンダーバードに乗って福井にやって来た。

福井市の郊外の岡保地区にある農業試験場は小高い丘の上にあるが、その坂を下りたところに広大な農地が広がっている。長方形にきちんと仕切られた田んぼは機械化が進んでいるので大きな区割りになっている。田んぼの中心部にはカントリーエレベータが高くそびえ、周囲の田んぼの人たちに目指す先を示している。

「大きな機械だわ。あれコンバインって言うのよね。誰も乗ってないんじゃない。」

と佐久間が杉下に聞いた。するとその声を聴いた農業試験場の所長は

「あのコンバインは5条刈りの大型のものです。無人走行でGPSを使って位置を感知し、プログラムされたとおりに収穫を行います。」と説明してくれた。するとコンバインが田んぼの端に寄って止まった。後方部分から腕のような円筒の物が側道に止まっていたトラックの荷台に伸びて来て、コンバインの中にため込んでいたイネの籾を吐き出している。一定量吐き出して身軽になったコンバインは再び刈り取りの列に戻り、刈り取り作業を続ける。

「あのコンバインはすごいな。完全機械化された農業を実現している。」と杉下が感嘆の声を上げると所長は

「日本の稲作農業では最先端を行く農業システムです。しかしアメリカの稲作だと5条刈り程度ではありません。もっと巨大な農業機械が活躍します。田んぼの大きさが日本では100m単位くらいですがアメリカだと1km単位になるので、大規模化された企業的な農業にせざるをえないんでしょうね。」と説明してくれた。

「それにしてもここまで進んできたことは感激しますが、例の副作用はなかったんですか。」と所長に聞いてみた。所長は自信をもって

「動物分野も植物分野も周囲への影響はなかったと報告を受けました。あとは食べてみての副作用ですが、これは京都でもやって見たと聞いています。どうでしたか。」と言われ

「去年食べました。美味しかったですよ。基本はコシヒカリですから味に違いはありません。ただ人体に悪影響が出ないかということになると数年様子を見ないといけないかもしれません。」と杉下が応えた。とりあえず福井での種もみ生産は成功の裡に幕を閉じた。


 イネの生産成功のニュースは報道で全世界に流された。同様に麦や大豆、とうもろこしの種生産も順調に進んでいった。いよいよ種の全国、全世界への配布である。国内への配布は全国のJAを通じて栽培に協力してくれる農家へ配布された。しかもその配布された種は数量がJAによって管理され、収穫されたものは全量買い取りで、次の拡大生産に利用されることになっていた。3年で日本中の田んぼはこの品種で覆いつくされることになっている。

各国でも1年目は生産に協力してくれる農家に限定して種を配布された。これも厳しい生産管理をしないと貧しさから種もみの状態で食料にされたり、収穫されたものを横流しされたり、外国の場合は各国の経済状態によっても状況は違ってくる。しかし3年以内にはすべての耕作地で、二酸化炭素の消費量が多い新品種の穀物が栽培される計算になっている。


 新品種の生産が増えてくるとすべてを再生産に回すことは出来なくなる。ある程度食料として穀物消費に回さなければ、多くの餓死者を出してしまうことになる。食糧危機を回避しながら、新品種の作付け面積を増やしていく計算は専門の職員が担当している。佐久間も杉下も見守るしかなかったが、世界は一つの方向に向けて歩みだした感はあった。


 成果が発表されたのは突然だった。新品種の世界生産が始まった3年目、国連の世界環境会議で発表があった。アメリカの研究班が地球温暖化の流れにやや陰りが見え始めたというのである。温暖化が止まったわけではないが上昇傾向が穏やかになり、このまま進めば5年後には減少に転じていくというのである。会議に出席していた佐久間と杉下は

「やったわね。ようやく成果が出たのよ。」と佐久間が杉下に握手すると

「そうだね。この日を待ちわびていたよ。でも僕たちだけの成果ではないよ。新たな二酸化炭素を出さない自動車の開発や、各種企業が企業活動でカーボンフリーの宣言をして生産活動を見なおしたり、森林のエリートツリーの植林も進んでいるからね。みんなの研究の成果が集まってこの結果になったんだよ。」と佐久間に言い聞かせた。


 2日後の世界環境会議の全体会で議長国のアメリカの代表団から

「今回の会議で地球温暖化のペースが落ちたことが発表されましたが、この結果に大きく寄与したのは日本の研究者である杉下先生と佐久間先生の『二酸化炭素消費量に特化したゲノム編集した穀物の開発』であることは間違いないと思います。この場を借りて皆さんで2人に拍手を送りましょう。」と発言があった。2人は自分たちの席で立ち上がり、その拍手に手を上げて答えた。その様子は世界中に報道され、再び彼らは時の人となった。


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