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数日後
「報告します。あの後、駅前のハンバーガーショップでチーズバーガーのLLセットと、単品でフィッシュバーガー1つとナゲット5個入りを購入。その後コンビニで缶ビール2本とプリンとシュークリームを購入して、コンビニから歩いて数分の3階建てのアパートに帰宅しました。部屋は3階の角部屋です。どうやら女性の一人暮らしのようです」
すげぇ食うな・・・
ってそんな事はどうでもいい!
「おい、肝心の部分は何もないのか?」
「ちゃんとありますよー」
名前は一之瀬亜月
年齢は23歳、独身、彼氏なし。
普段は会社員として働いていて、家族とは疎遠のようで、友人も殆ど居らず、毎週土曜日になると少し離れた場所にある神社に通っているみたいですね~
「なるほどな、引き続き調査を頼む。できればその毎週行く神社との関係を知りたい」
「うーん、まぁ出来る限り調べてみるけど、あまりにも交友関係がなくて、これが精一杯って感じなんだよね~」
家族と疎遠で、交友関係もないとか・・・
ずっと1人で生きてきたという事か。
人間であまりそういう者は見たことがないな。
大抵はいくら人付き合いが苦手だとしても、外付き合いは苦手でも家族と仲が良いとか、本当に親しい友人はいないが、うわべだけの付き合いがあったり、多少は人と関わって生きているものだが。
何故そんな孤独な生き方をしなければならなかったのかが気になるところだな。
その後もジルシアに調査を続けてもらったが、やはりこれといって情報は掴めなかった。あの一件以降は魔物に追い掛けられているなんて事もなかった。
あの神社に行けば何か分かるか?
俺の休日が土曜になるよう調整し、数週間ぶりにやって来た神社は、相変わらず神聖な空気が漂っている。
階段を上り始めたが、今日は上から誰も下りて来ないな。あの女は毎週土曜日に神社に来ているとジルシアは言っていたが、時間は決まっていないと言っていた。だから俺が来たところで会えるかどうかも分からないのだが・・・
階段を上りきり境内に足を踏み入れると、すっかり緑色一色となった桜の木、その下に佇む人影、そして微かに漂うこの甘い香り。
間違いない、あの女だ。
境内の砂利の上を歩き出すとジャリジャリと足音が鳴ったが、姿を消しているから普通の人間ならば聞こえるはずのない足音。
だが足音に反応したのか、こちらを振り向いた女と目が合った。
相変わらずのはっきりした顔立ち、そして意思が強そうな漆黒の瞳に思わず見とれて、その場で足を止めた。
時間にしたらほんの数秒の事だっただろう。
女は静かに桜の木の方へと顔を戻した。
そう、確かに目が合ったはずなのに、何事もなかったかのように。
ジャリジャリと音をたてながら、俺も桜の木に近寄っていくが、まるで何も聞こえないし、見えてないとでもいうように桜の木を眺める女。
そんな女の態度が少し腹立たしく感じて、あえて態と女の真横にピタリとくっついて並んで立ち止まった。
だがその瞬間に少しだけピクッと肩を揺らしたのを見逃さなかった。
「君、見えてるよね?」
声を掛けたと同時に、こちらに見向きもしないが桜の木を見上げたまま眉間にシワを寄せて驚愕の表情となった女。
おいおい、桜の木をそんな怖い表情で見るやつはなかなかいないぞっ!?
「別に君に危害を加えるつもりはないよ、ただ本当に見えているのかという事と、少し確認したい事があるだけだ」
怖がらせないように優しくそう言うと、ゆっくりこちらに顔を向けた女は、眼球が落ちるんじゃないか?というほど目を見開いたままだ、なんなら口も半開き状態だ。
そんな女の顔を間近で見て、思わずその何とも言えない表情に「ぶほっ」と吹き出してしまった。
「な、な、何なのよー!ひ、人の顔見て笑うとか、しつ、失礼じゃないっ!」
俺が笑った事に怒っているが、言葉はカミカミなうえに顔は真っ赤だ。
「くくっ、す、すまん」
「そんな笑いながら謝られてもっ!もういいよ、じゃあ私はこれで、さようなら~」
女はそう言うと、さっさと俺の隣りから階段の方へ向かい歩き出した。
思わず咄嗟に人間の姿となり、女の手首を掴んだ。
手首を掴まれて反射的にこちらに振り向くと、また目を見開いた女。
「あ、あれ?髪と瞳が黒?」
「勝手に帰ろうとするな、確認したい事があると言っただろ」
俺の容姿が突然変わった事に驚いたのか、目をパチパチさせながら口を半開きにしたまま、首を傾げた。
「確認って・・・何で見も知らぬ人?人なのかも分からない相手に何か聞かれて答えないといけないの?」
た、確かにそうだな・・・
俺が、何と言って話しだそうかと考えていると女は「手」てひと言、言葉を発した。
手?手が何だと思い自分の手を見たら、俺の手は女の手首を掴んだままだったのを忘れていて、すぐにパッと離した。
「あ、すまん。えっと、そ、そうだ、この間、夜に街中で4体の魔物と戦っていたよな?」
俺が挙動不審になってどうするっ!
「・・・魔物って言うんだ、あれ」
「そう、魔物。君はあれも見えるんだよな」
そう聞くと、女は深くため息をついた。
その途端に先程まではふんわりと漂っていた甘い香りが一気に色濃く辺りに広がり、自分でも無意識のうちに深く息を吸い込んでいたのか
「ねぇ、それ前にもやってたよね」
「ん?何を?」
「私と階段ですれ違った時に、深く息を吸い込んでいたよね。何か意味があるの?」
無意識でやっていた行動を指摘され、少し気恥しい気持ちになり顔を背けた。
「いや、君は、その、何か香水でもつけているのか?凄く甘くていい香りがする」
そう言った途端に女は、まるで変態でも見るかのような目付きで俺を見た。そんなまずい事言ったか俺?!
「それってセクハラだよ」
「セ、セクハラっ!そ、そんなつもりはっ」
両手を顔の前で全力でぶんぶん振りしっかりと違うという事をアピールすると、女は慌てている俺を見て吹き出した。
「ブハッ!お兄さん必死過ぎ~!」
初めて見たその女の笑った顔は、俺の心臓に衝撃を与え、視線を外す事も出来ずその笑顔に釘付けとなった。
「香水はつけてないよ。もう帰っていい?」
その言葉にハッと我に帰り、折角接触したというのにまだ俺らが見える事と香りの事しか聞いてないじゃないかっ!
それにもっとこの香りを嗅いでいたいっ!
「い、いや、もう少し聞きたい事がある」
「え、そうなの?少し小腹が空いたからとっとと帰りたいんだけど」と眉を顰めた女。
「腹が減ったのか、じゃあ何か食いながらでもいい。もちろん俺がご馳走する」
「ご馳走!?な、なら行こうかな?」
目をキラキラとさせ、へらっと笑った女。
まさか食い物で釣れるとは。
しかし、この女といると調子が狂うな・・・