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「い、一之瀬さん、ひと目見た時から好きでした!良かったら僕とお付き合いしていただけませんか」
「嫌です、お断りします」
淡々と断り頭を下げて、足早にその場を後にした。
えー!待ってー!とか叫び声が聞こえてくるが、無視だ。足腰には自信があるので、傍から見たら競歩か?というくらいの早歩きだ。
ていうか、誰だかも知らないしっ!
はっきり言って、あんなに得体のしれない霊が憑いてる人は関わりたくない。
やたら黒い靄のような中にギョロギョロとした目が私を睨みつけていた。
何をどうしたらそんなのに憑かれるのよっ!
そう、私には人には見えないモノが視える。
幼い頃から視えているから慣れっ子と言えば慣れっ子だが、霊だけでなく妖怪?化け物?何なのかよく分からないけど、そんな変なモノまで視えるから厄介だ。
そして霊や化け物は目を合わせたら最後、必ず付き纏ってくる、なので視えても視えないフリが肝心なのだ。
そしてあまり人と関わらないようにしているのに、何故か中学くらいの頃からやたら男子に声を掛けられる事が増えて、なかなかに迷惑だ。
家族は私が小さい頃から視えるせいで近所で白い目で見られたり、噂が拡がる度に引っ越しを繰り返したりと何かと苦労したせいか、高校を卒業と同時に家を出ると伝えた時には安堵していた。
そんなこんなで実家とは今は疎遠になっている。
たまに母さんからはメッセージで『元気にしている?』と来るが、私も『元気だよ』しか返さないし。
今は視えないフリをしながら、高校卒業と同時に就職した会社で日々淡々と業務をこなし、気ままな一人暮らしだ。
今私が住んでいる場所は、幼い頃に住んだ事のある街。休日はアパートから歩いて30分くらいの街の外れにある神社に散歩がてらお参りに行くのがルーティンだ。
小さい頃、そこの神社の境内で一人で遊んだのを良く覚えている。その時にたまに遊んでくれた宮司さんも、高齢で代替わりしてしまったが・・・
お参りした後には、神社の裏にある宮司さんの自宅を訪ねて、高齢になった宮司さんの所に寄って一緒にお茶したりしてね、今は茶飲み友達みたいなものだが、いつも私の心配してくれる宮司さんは、家族よりも家族っぽいかもしれない。
神社と宮司さんの家では、変なものが視えることがないから、唯一安心して心置きなく過ごせる場所だ。
そんなある日、いつも通り宮司さんの家でお茶を飲み他愛ない会話を楽しんで、帰ろうと境内から繋がる階段の方へ歩いて行くと、下から上がってきた変な2人組が目に入った。
その2人は白にも銀にも見えるような髪色で、モデルのようにスラッとした立ち姿、そしてどちらもかなりの美形だったが、その瞳は血のように赤い。
瞳が赤い時点で、この世の者ではない事が分かるので、絶対に目を合わせないように前だけを向いて階段へと向かった。
階段を下りきって通りを曲がると、ホッと息をついた。人の形に近いものは前にも遭遇した事があったが、人の形のものは目が合わなくても追いかけて来ることがあるから要注意だ。
でも何故今まで安全だった神社に急に現れたのかな?実は人間?まさかね。あんな赤い瞳の人間なんて見た事ないし。
それから暫くは赤い瞳の変な2人組は見かけなくなって、すっかり忘れかけていたある日、また神社に現れた赤い瞳の1人。
嘘っ!また来た、何で?そもそも人ではないものが何故この神聖な領域に入れるわけ?!
内心焦りながらも、顔は無表情を装った。
階段の中腹部分ですれ違った赤い瞳の男は、すれ違う瞬間に何故かスっーと息を深く吸い込んだ。
思わず、何っ!?とチラッと見てしまったが、相手は私が見た事に気づかなかったようだ、良かった。
ここは唯一の私の癒しの場所なんだから、もう来ないで欲しいんだけどっ!
その数日後の仕事の帰り道、表通りから一本裏の道に入った時に、たまたま見かけた人と獣が合体したような化け物が、今まさに人を襲うという場面に遭遇した。
ひっ!
あまりのタイミングに、思わず声にならない息を吸い込んだような悲鳴を上げてしまった。と同時に化け物がこちらに目を向けた。
私を見るなりニヤ~とした化け物。
ヤバいっ!バレたっ!
慌ててその場から逃げ出すように走り出したが、ギャハハハと笑い声をあげながら追い掛けてくる化け物。
ひぃー!何がおかしいの?!
おかしいのはお前だろっー!
けして後ろを振り返らずに全速力で走り抜けていくと、道行く人々が何事か?と振り返るが、そんな事気にしていられない!と必死に走った。
だが立ち止まった。
背の高い建物に囲まれた吹き抜けのような場所
まさかの行き止まり・・・
ゼェーゼェーと肩で息をしながらも、静かに振り返ると、化け物は何故か4体に増えていた。
げっ!まさかの4体!いつ合流したのっ
もう逃げられないし、仕方ない。
深呼吸をして息を整えた。