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まったりタイム

土曜日はハンナと一緒にまったり過ごすことに決めていた。前日の帰りに書店で新刊の漫画とか雑誌をいくらか買ってきていたのと、録り溜めたままで消化できていなかったドラマやアニメをできれば一気見しておきたい。趣味用のアカウントで趣味に充てられる時間の少なさへの嘆きを見る度に「時間は有限」という当たり前の事実の意味を思い知らされる。「まったり」の方針を掲げつつ、なんだかんだで最後は一生懸命に鑑賞しているということも過去にはあった。今回もドラマを再生しているうちに段々と体力勝負になってきたなと感じられ始めて、


<長距離走でもしてるみたい…>


なんてことを思ってしまった。物語というのは時々じれったい。視聴者はある程度全体を見通せるから、登場人物間のすれ違いのシーンは特にそう感じてしまう。ドラマの目当てでもある一番推している俳優さんは作中では恋愛に発展しそうな相手に対してあり得ないほど自信が無い設定で、対照的に相手の女優さんが表情といいあり得ないほど自信満々なのでちょっとそれが鼻に付くくらい。恋愛経験の少ないわたしにはそれがリアルなのかどうかもよく分からなくなってきたところで、ハンナがいつものように隠れているカーテンの方に移動してその裾をチラッと捲ってみた。


なぁー


ハンナは嫌がっているのか喜んでいるのか分かりかねる表情でこちらを見る。わたしはここで、


「ハンナ、【アレ】あげよっか?」


と彼女を誘惑した。すると【アレ】という言葉に速やかに反応して冷蔵庫の方へ飛び出していった。その一連の挙動が機敏過ぎるので時々「お猿さん」のように見えてきたりするけれど、あの類似品を与えた時の必死そうな顔はたまらなく愛おしい。


「恋愛ねぇ…」


ドラマを見ている人間がいうセリフでは無いとは思うけれど、職場ではそういう関係になれそうな人はいない感じで、自分から出会いを求めなければ今の生活からは大きく変化するということもなさそうな気が。と思いかけたけど、数日前に経験したあの人との出会いのようなものにまだ続きがあるのだとしたら…。


「甘いかな…」


類似品はものすごい勢いで消費されてゆく。日に何度も与えていいものではないから物欲しそうな目をされても、


「今日の分はこれでおしまい!」


ときっぱり。そのタイミングでテレビから聞こえてきた「待ってください!」という俳優さんのセリフ。咄嗟に遠方から画面を見つめると、ちょうど相手の女優さんを前に何か大事なことを告げようとしているシーンだった。自信の無いはずの『彼』が本気の目で画面に大写しになったところでわたしも釘付けに。


『貴女がいないと、俺はダメなんです!』


そこで発せられた言葉はきっと『彼』の偽らざる本心なのだろう。あとで考えてみるとキュンとするのかどうかは少し疑問が残る。なぜかというと、すれ違いで本当にダメになりかけているシーンがちょっと衝撃的だったから(だからハンナの方に行った)。でも、そのシーンだけを切り取れば紛れもなく愛の告白で、そんなことを推しの俳優に言われてしまったらわたしもダメ。ちょっと涙ぐみそうになった。



そこからは順調にドラマが大団円を迎え、課題は残るもののハッピーエンドというカタチに収まった。お昼を回ったので余韻に浸りながら冷凍のミートソースのパスタを食べた。午後からは猫が登場するアニメを視聴。作中の猫のまったり具合に癒され、猫は本質的に癒しの存在であることを実感。アニメだから不思議でもないけれど猫が普通に人間と喋る設定で、


<猫って確かにこういうこと考えてそうだよなぁ>


と感じた際に言い知れぬ違和感を覚えた。というか自分が夢の中でハンナと会話しているという事実、ほぼ事実だと思われる事象が、この後に及んで改めて「奇妙」なことのように思われる瞬間が訪れれたのだ。今でこそ受け入れてしまってはいるけれど、どうして夢の中だけではあるけれどハンナと会話ができてしまうのか、その理由や原因を考えてゆくと完全に迷宮入りである。誰か魔法使いでも存在してそんなことができるような魔法を掛けてもらった、と説明されたとしても本来常識人であるはずのわたしは決して納得しないだろう。



そもそもわたしだって何度も疑った。わたしが偶々ハンナの願望に沿うようなことを夢の中で気づいているだけとか、夢のない考え方をすればいくらでも浮かんでくる。けれどハンナが夢に出てくるのが気まぐれなハンナがわたしのベッドに共寝している時だけということや、目覚めてから仕切りにハンナが何かを訴えるように意味深な鳴き方をすることなど、明らかに彼女はわたしと高度な意思疎通ができると感じているらしい素振りもある。何より具体的な一つの例が存在している。


「ハンナ、タッチ!」


再びハンナをカーテンから引き摺り出し、ハンナの前に右の手のひらを差し出す。するとハンナは分かりましたとばかりに左足をその上に乗せる。それ自体はよく訓練された猫ならネットの動画などでも見られる芸ではあるけれど、実を言えばわたしはそれを最初夢の中だけで訓練させたのだ。ある日の夢の中で、


「なんでアタシがそんなことしなきゃならないの?」


と不満そうに言われたけれど、


『これやってくれたら【おやつ】あげるから』


などと説き伏せて覚えてもらった結果、満を持して起きてからも同じことに挑戦したら見事に成功。起きている状態では完全に初挑戦で成功したという事実は「偶然」の一言で片付けるには奇妙なはずで、実際今もそうだけれどハンナがその後何かをもらえると思って冷蔵庫に駆け出したのを見れば信憑性はかなり高まる結果だ。ただ、この事実は飼い主だけしか知らない事実で、たとえば今度怜にこの芸を見せてみたところで、


『へぇ!賢いんだね!』


と言ってもらえるだけだろうと思うのだ。見ているアニメの中の猫も飼い主とだけ会話ができるという設定で結局最終話になってもその状態は変わらなかった。親友くらいには信じてもらいたい気持ちはあるけれど、果たしてそういう日が訪れるのかどうか。


にゃー


ハンナに猫用の鰹節を与えて頬張る姿を凝視する。最後は美味しいそうに皿まで舐めていた。

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