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エール

SNS上の茜音さんの投稿には普段から多くの注目が集まる。イラストレーター「Asita」さんの紹介と、彼の個展の会場となったカフェ「Lien de Famille」の紹介は過度に宣伝的になり過ぎない長さの文で投稿され、アピールとしては十分な反応があった。その後訪れたお客さんの中にその投稿を見て来場したという方もいたらしく、陸さんから『香純さんから僕からのお礼を伝えていただきたいのですが、お願いできますか?』とメッセージが届き、わたしはその通りにした。



邂逅を果たしそれから深い交流を経て「星茜音」さんという人物のことは以前よりもずっと親しみを覚えている。彼女がわたしに話してくれたことは全く違う形であっても失恋の経験のあるこの心にとって、そして今まさに新しい恋に踏み出そうとしている心にとって一つのエールのように響き渡る。


『そうでしたか!Asitaさんも柳田さんも応援したくなるような人でしたから、お役に立てて光栄に思います。香純さんもAsitaさんと上手くゆくよう応援していますよ』


茜音さんから話を聞いてばかりではいけないと感じて、わたしもあの日思い切って陸さんとの出会いやその後の関係について彼女に伝えていた。その話を聞いて「恋はエネルギーですからね」ととても嬉しそうな顔をしていた事が印象的で、「そんな香純さんにこれを差し上げます」と言って渡してもらったのは恋愛成就の効果があるというアミュレット。ブローチのようにも見えるけれど、魔術的には「呪符」と言って魔力が込められている品だという。以来、それを身につけるようになった。



☆☆☆☆☆




季節は梅雨真っ只中。一週間のほとんどが曇りか雨で、思わぬ形で影響を受けている人物が職場に存在した。


「筋トレ動画も自宅で腕立て伏せしている姿では流石に面白くないんですよねぇ」


「確かに見栄えはしないよね」


わたしには珍しくはっきりダメ出ししてしまうくらい、最新の動画の伸びが思わしくなかった成田さん。自宅でもマスク姿でトレーニングしているのはシュールだけど、それ以上コメントのしようがないのは確か。


「コスプレでもしてみたらいいんじゃないの?」


と先輩が突然びっくりするような提案をする。「最近流行りのアニメのあのキャラとか、」と成田さんの体型を考えるとかなりの無茶振りに思えた内容ではあったけれど、それに対して彼は意外と前向きな姿勢。


<成田さんはもはや見た目には拘らないのだろうか…>



「コメントを通じて誰かとやり取りできるのが俺好きなんすよ。俺が伝えたいのは「筋トレ」は基本的にいつでもどこでも出来るってこと。やろうと思ったときに出来る。俺の動画を見たことをきっかけに誰かが真似してくれれば、その人にとってもいい事なんじゃないかなって」



こんなタイミングで告白される成田さんの心情に結構グッときてしまった先輩とわたし。二人で「コスプレするキャラクターについてのピックアップは任せて」と伝えると成田さんは嬉しそうだった。そんな成田さんの言葉を同じくランニング当日の雨に不満そうな顔を浮かべていた怜に伝える。


「まあ、確かに筋トレもそうだけど継続しようという気持ちは大事だよね。ランニングの場合は逆に筋トレくらいしか出来ないのが悲しいなぁ」


「体育館まで走りに行くのはちょっと遠いしなぁ」



「それに何かの大会とかで使われてるかも」



自宅でわたしと怜の交互に視線を向けるハンナを愛でながら駄弁っているだけの日。スマホを弄って陸さんの方の様子をエゴサーチするような状況になっていて、たまに関連する投稿を見つけて悦に浸っているというか。一体わたしは何様なんだと言いたくなるけれど、実際雨の日というのは得てしてそういうもの。


「わたしが魔法を使えたら、天気を操作したいね。晴れ女と言われても梅雨の力は強い」


茜音さんとの交流については彼女のプライベートな内容は伏せてメッセージで既に怜に伝えてある。だからこその内容で、怜は半信半疑ではあるものの「あの日あの場所で」起こった不思議な現象についてはとりあえず起こったものと信じてくれているよう。


「ハンナの事もそうだけど、あんまり沢山不思議な事が起こると逆に本当に思えないんだよね」


「そういうのを引き寄せる、というか。香純は受け入れるだけの量を持ってるんじゃないのかな」


「受け入れる?」


「自分で言うのも変だけど、わたしも茜音さんも結構変人の部類だと思うんだよ。そういう「変」な事でも抵抗なく自然に受け入れられるっていうのが香純の才能だと思うよ」


「そうなの?」


予期せず親友に美点を挙げられて照れるというよりは驚いてしまう。でも、とわたしは思う。


「わたしだって何でも受け入れられるわけじゃないよ」


「でも「まず受け入れようとする」。それはそんなに簡単な事じゃない」


「そうなのかな」


そこそこ真面目な口調で言う怜を見て、<この人はちゃんとわたしを見てくれていたんだな>と今更ながら思う。ハンナは段々と飽きてきたのか、いつものカーテンの下に隠れてしまった。その様子を二人で眺めて微笑み合う。彼女にとってはそれがごく自然なことであっても、わたし達からすればそれは少しコミカルで、そして愛おしい。


「今度告白しようかなと思ってる」


「そうなんだ。ガンバ」


わたしも結構真面目なトーンで話したつもりだったけれど、怜は温かな眼差しと優しげな声でそう言ってくれた。

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