青空の下で
茜音さんの独白のような話を聞いているうちにわたしは一つの既視感を覚えていた。最初は分からないまま必死に彼女の話を聞いているだけだったけれど、「運命」という言葉をきっかけに「WHITE LIE」というノベルゲームのストーリーが思い出された。小説家志望である笠木君と文芸部の箕輪愛の一周目の世界では箕輪愛がその想いを伝えられず、笠木君は別の人物と結ばれている。一周目の記憶を有したまま二周目の世界で笠木君に不器用に関わってゆくヒロインの姿は、例えば茜音さんがその時想いを伝えられていたらどうなっていたかという話とリンクする。この現実にも二周目世界があったとしたら、茜音さんは今こうしてわたしの前で「この話」をしていないような気がする。茜音さんは魔法研究家ではなくそのまま数学を志していたとして。そう考えてゆくと「運命」というものは奇妙なものに思えてくる。
「茜音さんが魔法に惹かれる理由、何となくですが伝わった気がします」
「そうでしたか。それはよかったです」
彼女が向けてくれた笑みはとても素敵なものだった。その上でわたしは一つのことを思う。
「茜音さんは魔法は存在すると思っているんですね」
当たり前だと思っていた質問に、茜音さんはとても不思議な表情を浮かべる。
「何を魔法と呼ぶか。わたしは今もって分かっていないのかも知れません」
「え、、、」
「ただ魔法には形式があるものです。例えばこんな呪文を唱えます」
そう言って茜音さんは立ち上がって目を閉じ、わたしには聞き取れない言語の言葉で何かを唱え始めた。未だ周囲に人の気配はなく、芝生の方から人の声はするけれどその光景はごくごく普通のもののように見えている。茜音さんは「ふう」とため息をついてわたしの方を振り返る。その時、茜音さんがわたしの方ではなくその向こうに視線を向けた。その表情は何かに驚いているかのようで思わずわたしも振り返ると、ベンチの後方に一瞬何かのモヤのようなものが浮かんでいるように、見えた。
「何かあったんですか?」
「いえ、何かそこに浮かんでいるように見えて…」
「わたしも一瞬何かが浮かんでいるように…」
「香純さんも!?」
わたしの言葉を聞いて茜音さんは更に驚いているようだった。ややあって彼女はベンチに座り直す。それから少し放心したような様子になったので心配して声を掛けた。
「ああ、大丈夫です。ちょっと分からない事があったので考えてしまっただけです」
その言葉で一安心したけれど今度は逆にちょっと興奮しているような様子。そしてこんな風に説明した。
「わたしさっき風の精霊を呼び出してみたんです。万物に働きかける魔法があって、その呪文でその力と交信して、っていうのが形式だったのですが。もしかしたら今のがそれだったのかも知れません」
わたしが確認したのはモヤのようなものだったのでもしかしたらただの自然現象だった可能性もある。ただ話を聞くと彼女が見えたのはモヤのようなものでもはっきりと何かの姿をとっていたとのこと。すると茜音さんは「ふふっ」と微笑んで見るからに上機嫌になった。
「どうしたんですか?」
「いえ、実はさっきまでわたし魔法が存在するかどうか、本当は自信が無かったんです。でももしかしたら今日あの現象を見ることができるタイミングだったのかも知れないと思ったんです」
「え?魔法が存在すると思ってなかったかもなんですか?」
「正しくは魔法が存在していたとしても、わたしには『観測』できないと思っていたんです。わたしは魔法研究家ではありますが、魔術師ではないですから。ただ…そんな状態で魔法があると思うと信じることは、少し馬鹿げている事なのかもしれませんね」
「つまり茜音さんはさっきのが魔法だったと思うんですね」
「或いは『奇跡』なのかも知れません。わたしと、そして香純さんに僅かでも何かを見せることができたことは、この世界にはそういうものが存在し得るという事を感じさせてくれました」
その充実した表情から察するに彼女はその結論で満足しているようだった。ただわたしには疑問が残る。
「あれが魔法だったとして、どうして普段は魔法が使えない茜音さんが今回は使えたんでしょうか?」
「わかりません」
その言葉に絶句しかけたわたし。ただ彼女はこう続ける。
「わからないけれど、この場所でわたし達が揃ったことで見る事ができたことなのかも知れません」
「この場所で…」
「香純さんって魔法はどんなものだと思いますか?」
急に振られたこの質問にわたしは戸惑いながら、何となく感じていることを話してみる。
「魔法は、わたしにとっては不思議な何かで、何かの「力」だとは思うんです。それ以上は」
「それでいいと思います。人のイマジネーションは時としてそこに無い筈のものを見る事ができます。場合によっては「そう信じること」自体が「力」なのかもと思える事があります。始まりは『自分に何かができると思うこと』という事なのだとしたら、或いはそう信じさせてくれるものが存在していたとしたら」
「何だか哲学的な話ですね。魔法というより」
わたしはそう言いつつも茜音さんの言葉に魅了されているのを感じる。そして本当に本当に不思議なことは、わたしが「ハンナの能力」の話を茜音さんに伝えるのを完全に忘れてしまっていたということだ。でも今考えるとそれはそれで良かったのかもと思う。そしていつの間にか空は青く澄み渡っていた。




