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「リヤンドファミユ」にて

カフェ『Lien de Famille』は二階建ての建物だった。ボードの説明にもあったけれど会場は2階に設営されていて、入店してすぐ女性の店員さんが「「Asita」さんの個展は二階になります」と階段を示してくれる。一階のカフェは思いの外広々としていて、奥の方に陸さんの友人である店主の姿も見える。この場合は先に挨拶した方が良いなと感じて、わたしの方から店員さんに陸さんの知り合いであることを伝えた。


「そうでしたか!少しお待ち下さいね」


見た感じ大学生くらいの店員さんは店主を呼びに行ってくれて、そのまますぐに来てくれた店主は短髪で鼻筋の通った爽やかな男性。


「初めまして。陸の友人の柳田慶太と言います。陸から話は伺っています」


背も高く、話し始めると大分低い声で堂々としている様子だけれど表情は温和で隣にいた茜音さんの方にも視線を向けて会釈をした。


「こちらは星茜音さんです」


「あ、わたし知ってます。以前ネットで話題になりましたよね!」


店員さんは茜音さんをご存知だったよう。「確か魔法研究家で、」と柳田さんの方を向いて説明してし始めたところで茜音さんの方が引き継いで、


「そうですね、「魔法研究家」を名乗らせてもらっています。ただ一般的には「著述家」という事になっていますね」


と答えてから簡単に自己紹介を済ませる。それから柳田さんは申し訳なさそうな顔で、


「私の方はちょっと店の方の仕事をしないといけないので案内とかはできないんですが、今も陸が上で待機していますから是非」


と言い、そのまま見送られながらわたし達二人は二階へ。途中踊り場のある階段を上がって、会場の入り口が見えたところで先程わたし達の前に入店した女性がそこでスマホを操作していた。


<ファンの人なのかな?>


開店してすぐのその時間にもお客さんがしっかり来てくれている事にわたしも何故か安堵している。茜音さんが有名人だということを考慮して、なるべく早い時間に観にいきましょうと提案したけれど何となく今日は大丈夫そうな感じ。入り口から中を覗くといくつかのパーティションで仕切られて作品が展示されてあることがわかる。そして奥の方の物販と思われる場所には陸さん…ここでは「Asita」さんの姿が。


「こんにちは!」


「ああ、香純さん。そして隣にいらっしゃるのが「茜音さん」ですよね。お待ちしていました」


「初めまして。星茜音です。わたしからのご紹介は…」


「香純さんからお伺いしています。あ、そうだ名刺…」



そう言って名刺の交換が行われる。<自分も持ってくればよかったのかな>と思ってしまったけれど、茜音さんがそこでわたしにも名刺を渡してくれた。



『魔法研究家、著述家 茜音』


それ以外にはSNSのアカウント名「akane_stella」も載っていて特に変わったところはない。逆に茜音さんの方が陸さんに幾つか確認して、陸さんは丁寧に受け答えしている。その場面が何だか不思議に思えたのは、自分が何となく場違いな感じに思えてしまったからかも知れない。わたしの様子に気付いたのか陸さんが、


「そうだ、あのハンナちゃんの作品、こっちですよ!」


と誘導してくれる。陸さんが嬉しそうに指し示してくれた作品『旅』はディスプレイで観る時よりももっと繊細に描かれているように感じ、ハンナをモデルにした猫の毛並みまで鮮やか。若干色合いが違うような気がしたけれど「香純さんは色彩感覚が豊かなんですね」と褒めてくれた。普段隅々まで絵を眺める機会は多くないけれど、この時ばかりはかなりの時間そこで観ていたような気がする。改めて思うのは絵から受ける何かの印象が、わたしにとっていつまでも「新鮮」であり続けるということ。そして同時にどこか「安心感」を覚える。


「この絵には不思議な力があるように感じられます。「この子」がとっても嬉しそうに見えます」


茜音さんが『この子』と言ったときに指差していたのはハンナをモデルにしたその猫。陸さんは少し目を見張って、


「そうですか。確かに昨日もお客さんに「この猫が好きなんです」と言ってもらえました」


「「この子」から観た「世界」がこんな風になるのかも…」


茜音さんのその一言はわたしにはない発想で、けれど何故かそうなのかも知れないと思ってしまった。陸さんに促されるように他の絵もじっくり一つ一つ眺めてゆく。嬉しかったのは陸さんと出会った日に見た「河津桜」のあの作品がしっかり展示してあって、陸さんが「この絵が欲しいって言ってくれた人もいたんですよ」と言ってくれたこと。あれから時が過ぎて鮮やかなピンクも緑色に染まっているこの時期、まるでタイプスリップしたような気がしたし、でもまだ数ヶ月前の事なんだなぁとしみじみする。茜音さんも「素敵ですね」と言ってくれた。陸さんは少しして先程入り口でスマホを操作していた女性の方に案内をしに行った。茜音さんと一緒に順々に作品を見回って、個展用に描いたという新作『その前に』というの作品の元に辿り着いた。その絵は夕暮れ間近という時間の街並みを背景に、空を見上げた制服姿の少女の後ろ姿が描かれている。それは高校時代にわたしも感じていた何かを思い出させ、言葉では言い表せないけれど例えば自分は大人になったらどうなるんだろうな、とか、あの子はどうしているかな、とか色んな気持ちがいっぺんにやって来たようなそんな感覚とでもいうのだろうか、そういうものが表現されているように感じた。


「この絵は、、、」


茜音はそう口にして、しばらく絵に見入っていた。その視線はまるで「戸惑い」のようにも見えたし、或いは大切な何かを思い出しているかのような表情にも見えた。それがわたしにとってとても印象的で、その時に彼女と一緒にここに来れた事には何か大事な意味があったんじゃないかと感じた。その絵が一番のお気に入りだった様子の彼女は陸さんが待ち構えてくれていた物販を眺めて、絵の購入を決めたらしい。わたしもあの河津桜の絵を購入して一応売上に貢献してみる。ただ絵のサイズは中くらいのもの。



茜音さんはその後に会場の様子をSNS上に投稿する場合にどのようにした方が良いかという質問を。わたしも陸さんで相談し合って、物販で待機している陸さんの写真や、下のカフェの様子などを載せて陸さんからのコメントを投稿するのがいいんじゃないかという話になった。インフルエンサーとして、あまり過度に宣伝的になるのは良くないような気がしたのと、誰でも気軽に訪れられるような雰囲気だという事を強調した方がいいという判断からだ。実際、一階の様子はややシックでモダンな感じはあるけれど二階の様子は壁の色合いも明るさもイラスト展示にはぴったりの明るめなもので、全体的にゆとりのあるスペースに感じる。



「今日はありがとうございました。絵をご購入の方に、下のカフェでコーヒーのサービスをしています。この券を渡して下さい」



陸さんからそう言って手渡された券を持ってわたし達は階下に。店員さんにそれを見せて二人用のテーブルに座る。



「素晴らしかったですね。紹介していただきありがとうございます」


「いえいえ。わたしの方こそ、一緒に見回れて嬉しかったです」


SNS上ではやり取りがあるものの、こうして会話するのは初めてという関係性。勢い、親戚である怜の話とか、地元トークとか、色々話しているうちに話が止まらなくなる。そのタイミングで店主の柳田さんが自らコーヒーを運んできてくれた。



「楽しんでいただけたようで、私としても嬉しい限りです」



「はい。そういえばお伺いしたかったのですが、お店のリヤンドファミユって「家族の絆」という意味でしたよね。その由来を是非教えていただきたいなと思いまして」



「あ!よくご存知で。そうですね、実はこの店、元々は祖父が経営していた店なんです。その祖父が亡くなって店をどうしようかという話になって、昔からこの店によく来てコーヒーの事とか教わってたので思い切ってそのタイミングで脱サラして。店名元々は「KIZUNA」という名前だったんです。コーヒーの味とかは全く違いますし、同じ店名では良くないなと思ったんですがそこからの連想で、『俺が引き継ぐ』という意味を込めて「家族の絆」って意味のフランス語にしてみたんです」



とてもいい話だった。茜音さんもうんうん頷いて、


「ではSNSに載せる紹介文にもそれを書いてみてもよろしいでしょうか?」


「それは有難いですね!今回の陸の個展にしても、店の宣伝も兼ねているのでどんどん口コミで評判が伝われば最高です」



柳田さんはきっといい人なんだろうなと感じさせるエピソードでもあった。淹れてくれたコーヒーは『スペシャルブレンド』らしくて、本当に香りが豊かでホッとする味でもあった。その時一週間前に飲んだハーブティーの事を思い出したので茜音さんに訊ねてみた。


「ハーブの世界は奥深いんです。西洋では元々は「薬草」として医療にも使われてきました。医学が進歩した今でこそ改めてその力が見直されていると感じます。中世の魔女は元々そういった知識のある辺境に住む存在のイメージが一人歩きしてしまった事で生まれた存在です。それが元で迫害にも遭いましたが、宗教の姿が変わりつつある今でこそ、現実に可能性を与えてくれると思うのです」



魔法の話が関係するとは思ってもみなかったのでその熱弁にはドキリとさせられた。先程までの穏やかな様子とは違い、まるで人が変わったかのように強い視線を向ける茜音さん。気圧されつつも、この日のわたしは彼女から聞く「魔法」についての話がとても大事なことであると直感していたような気がする。



「茜音さん。もしよろしければ、魔法の話、どこか別な場所でじっくり聞かせていただけないでしょうか?」


思い切って切り出したそのトーンは自分でも想像していなかった程に「本物」であったこと。そしてその日の茜音さんも「何か」を直感していたらしい。



「分かりました。お話しできること、香純さんにしてみようと思います」

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