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邂逅

雨が続いて週間予報でも危ぶまれていた天候ではあったけれど当日は十分ランニングできる空模様。仕事の事ばかりになったせいで走りたくてうずうずしていたらしい怜は気のせいか普段よりも飛ばしめのペースで駆け出す。


「ちょっと速いよ!!」


「今日は「距離」を走りたいの」


わたしの文句じみた言葉も意に解さずどんどん先に行ってしまう怜を追いかけていると流石に部活の練習の雰囲気を感じてしまった。時どきスマートウォッチを確認して彼女自身何の迷いもなくルートを先導してくれるのはいいんだけど、わたしも知らない道になってゆくとあたふたしてしまう。



<なんかわたしも怜と同じの買わなきゃダメかも…>



ただ怜に「引っ張ってもらっている」その感覚自体は全然嫌じゃない自分がいる。何かと気後れしがちなわたしは怜という存在にいつも引っ張ってもらっている。この街のまだ知らない道でも、こんな風にやや強引に「開拓」してくれるのは何か心強い気持ち。もちろんそれだけじゃダメだと今は思うけれど、目の前にいる人を追いかけていると自分の中にも新しい目標が生まれてくる。職場の先輩が「香純ちゃんはそれでいいのよ」と言ってくれたことが改めて勇気づけてくれているような気がする。


「怜、ゴールまで何キロあるの?」


「ん?えっと、あと大体3キロかな」



少し息を切らしながら線路沿いの道を走る。今日は調子がいいのか段々と気持ちは高揚してきて、身体も十分温まっている。わたしは思い切って提案してみる。



「じゃあ、もうちょっとだけペース上げてみようか!」


「え」


「3キロくらいだったら何とかなるよ!」



怜はちょっともう一度ウォッチを確認してからこう答えた。


「わかった」


一段ギアが上がって、傍目には「何でそんなに必死なんだろう」と思われても仕方ないようなペースで直線を駆け抜けてゆく。「走ること」に理由はないような気がする。ただ「走りたいから」。自分が走れることを知りたい、走っている間に感じている何かをもっと一杯感じたい。そんな「想い」は両足に伝わって、アスファルトを踏み締めてゆく。そしてそんなスピードだから感じる、確かに「生きている」感覚、紛れもなくこの世界に「存在している」感覚。



<「伝えたいこと」があるのだとしたら、、、>



往路の折り返しとなるゴール地点まで、確かに熱い気持ちを自分の中に感じていた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆



『昨日の疲れは大丈夫?行ってらっしゃい』



翌日の朝、怜からメッセージが届く。そのときわたしは普段よりも入念にメイクをしていたところ。この間テレビに出演していた時の茜音さんの華やかな様子を思い出して、ご一緒させてもらうのだからせめて自分なりに整えておきたいと感じていた。テレビに出演するような有名人に会う機会は滅多にないと思うけれど、怜の親戚だからなのかハードルはそこまで高いというわけではないという心境。同郷で、きっと同じような風景、あの山並みを見て育った人なのだから感じ方も大きくは変わらないだろうという安心感のようなものもあった。



「にゃーにゃー」



わたしの様子を見てこれからお出かけすることが分かっているらしいハンナはお出かけ前に「おやつ」が貰えると感じているのか、テーブルの上に立ちわたしの顔に接近して鳴き始めている。



「分かったよハンナ。あとちょっと待ってね」



そんな具合に支度をして、展示会の会場であるカフェの最寄りの駅まで待ち合わせの時間に遅れないように家を出る。当日の天気は薄曇りという感じで、気温は心地よい部類。ちょっと緊張していたのか電車に乗った時の記憶はあんまりない。電車が到着して出口の方向を確認した時に、思いの外人の流れは多くないなと感じた。やっぱり待ち合わせの時間よりもやや早く到着したので、SNSのDMの画面を確認してみる。実は前日に怜からのアドバイスで、


『香純の方は茜音さんの顔を知ってるけど、相手方は香純の顔を知らないんだから事前に写真送ってた方がいいよね』


とあったので、確かにその通りだと思ってまず「顔写真」と、そして当日の服装が判るように撮影した画像をDMに送っておいた。その両方の画像に「いいね」を付けてくれた茜音さん。



『わたしが思った通り香純さんは可愛らしい人でした』



その時伝えてくれたその言葉は少し気恥ずかしい気もしたけれど嬉しかったのはたしか。まさにそのメッセージを見直していたタイミングで茜音さんからも全身を撮影した写真が送られてきた。



「うわ!!」



やっぱり見られることを意識しての事だと思うけれど、同性から見てもスタイルもいいし(怜と一緒で足が長い)わたしには着ることが難しいと感じる赤系を取り入れたコーデで洗練されている。そしてふと辺りを確認するとそれと全く同じ、しかもオーラを纏った女性がこちらに向かって歩いてきたのが見えて、思わずドッキリしてしまった。一瞬何をしたらいいのか分からなかったけれどとりあえず、こちらに気付いた茜音さんの方に一礼して、わたしの方からも彼女の方に歩いてゆく。


「こ、こんにちは、桑原香純です」


「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。こんにちは星茜音です」


流石に茜音さんの方は堂々としている。気のせいか周囲の視線もそこに注がれているようにも感じた。間近で見ると神秘的な雰囲気は際立っていて、確かに存在しているのにちょっと「現実感がない」と感じてしまうのは何なのだろうなと思ってしまった。でもにこやかな表情を浮かべる茜音さんはそんなわたしの心も分かっているようで、「今日はいい天気?かな?」とちょっとおどけたようなことを言ってから



「一応会場の場所は確認しているんですが、歩いて行ける距離ですものね」


と積極的に会話の先を進めてくれる。そこからは比較的安心して、


「はい。多分迷うことはないと思います」


という風に移動を始めることが出来た。陸さん、「Asita」さんの個展は週中には準備ができていたらしく初日である土曜日にもお客さんがまあまあ訪れていたみたい。流石に忙しいのか陸さんからは夜に、



『明日、会場でお待ちしています』



というメッセージと店の正面からの写真が届いて、SNSで調べた限りでは物販で絵を買ったという人の報告も見つかった。わたしたちが二人で向かっている時にも、少し前方に同じ方向に向かっているらしい女性がいたので、


「あの方も同じ目的地ですかね?」


などと隣を歩く茜音さんと言い合っていた。その女性が立ち止まった落ち着いた感じのお洒落そうなカフェ。女性は正面からスマホを向けていたから間違いなさそう。店先のボードには会場である事を伝えるチラシが貼ってあった。わたしも彼女に続いて同じことをして店名を確認してみる。


『Lien de Famille』


というフランス語と思われる店舗名の意味に内心はてなマークを浮かべていたところ、



「リヤンドファミユ。意味はファミユがファミリーで「家族の絆」という感じでしょうか」


「え、すごい」



あっさりとこの言葉が出てきて驚いたわたしに茜音さんは、



「職業柄、フランス語の文も読めないといけないので」



と微笑む。<「天は二物を与える」とはこの事か>と思わなくもなかったけれど、怜の家系のことを考えるとあんまり不思議とは感じない。むしろ茜音さんは「どういう理由でこの名前にしたんでしょうか」ということの方が気になるらしく、


「では入ってみましょう」


とわたしの方が誘導された格好。

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