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ハーブティー

久方ぶりに「大雨」と形容したくなるような天候のその土曜日は必然的にランニングも中止。ちょうど「父の日」の迫っている頃だったので、午前から通販サイトでプレゼントを検索していた。無難にネクタイを選べばいいのかもと思っていたけどイメージにあった柄がなかなか見つからず、別方面からワインなどにしてみようかなと考え始めた。そのとき一瞬脳裏に浮かんだ「日本酒」という案は、そもそも地酒が全国的に有名な地元なのであまり喜ばれないと気付いて止めた。自分がお酒を嗜むと言っても、先輩から飲みに誘われた時にもカシオレのような飲み物が美味しいと感じてしまう舌なので、とにかくワインの解説文を読んで完全に値段で選んでしまった。同じく「母の日」に送ったカーネーションも含めてわたしのプレゼント選びはつくづく冒険をしない。


<怜だったらどういうものを贈るんだろうか>


画面のボタンをクリックしてしまってからそんなことを思って、次は何をしようか考えていたところでふとハンナがカーテンからひょっと顔を出してわたしに視線を送っていることに気付いた。何となく部屋の温度が下がっていたこともあり、ハンナも少し寒いのかなと考えた時にあることを思い出し、収納スペースから以前怜がプレゼントしてくれた「いちご」型の猫ハウスを取り出す。


「寒いから入ってみたら?」


と言いつつハンナの前におもむろに置いて反応を伺う。彼女は最初戸惑った様子を見せていたけど、思いの外興味を示してくれて本当に「出来心で」という感じでその中に収まってしまった。


「え…?ウソ!」


こうなるとこの場面を写真に収めたくなって慌ててスマホの元に駆け出す。そして焦りながらも何とかハンナがその「いちご」の中で「香箱座り」をしつつこちらの方を見つめている様子を撮影することに成功。それからいの一番に怜にその写真を送ってあげた。


『わたしが見たかったのはこの景色だよ!!』


と興奮の伝わる返信をしてくれた怜。やや大袈裟な気もするけれど、こういう風に思ってもみなかった珍しい場面が実現すると、こういう雨の日でも特別な心境になる。SNSの方にもしっかり編集した写真を投稿できて一度満足感に包まれる。さらにその時は運が良かったのか、普段よりも多くの「いいね」を獲得することができた上、「茜音さん」が投稿したタイミングと近かった為か「ハンナちゃん、かわいいですね!」とコメントをしてもらえた。



ところでその時茜音さんが投稿した写真が透明な瓶の中に入った薄い褐色の液体であったことがわたしは気になった。瓶はティーポットのような注ぎ口があって、中には緑色の葉のようなものが浮かんでいる。投稿には「ローズマリーのハーブティーです」と書かれてあって、続いて「気分を高めてくれます」と説明されていた。ハーブティーは以前飲んだことがあるような気もするけれど、効能についてはあまりよく分かっていなかった。茜音さんのような人が紹介すると何か説得力があって、わたしも惹かれてしまった。陸さんの個展で彼女に会った時にその話を聞いてみるのも良いのかも知れないと感じた。




☆☆☆☆☆☆☆☆



雨と先輩の都合次第だなと感じていたこと。後押しがあったかのように日曜日は晴れ、前日の夜に職場の先輩も所用が済んだというメッセージを貰っていたので、満を持して出かける流れになった。自らを「オタク」と呼ぶにはやや抵抗があるものの、そこそこ文化に染まって声優さんの推しもいるわたしと先輩は頻繁にではないけれど、二人で一緒に気になった作品を鑑賞する機会があった。今回わたしが思い切って提案したのは、河口エリスさんが悪の幹部役で声を当てた某魔法少女アニメの劇場版、最新作。おそらくはお子さんが多い中に紛れて一人シネマで見る勇気はわたしには無かったけれど、押し出しがいい先輩と並んで入館すると躊躇は薄れてくる。


「映画館は久しぶりかも」


ウキウキした表情を浮かべる先輩を見て、自分もせっかくだから楽しまなきゃという気持ちに切り替わり、割と真ん中の方の席で二時間弱スクリーンに見入っていた。河口エリスさんの演じた悪の幹部は体育の先生に扮していて、先生の顔と幹部としての顔の時で声を巧みに演じ分ける。『生徒を思う心と幹部としての葛藤が描かれていて痺れたわ』と先輩が回顧したように、役所としてはとても難しい人物を演じていた。ストーリー自体は魔法少女ものの王道で、大人の私達にとってはどちらかというと有名な声優さんが可愛らしい声で呪文を叫ぶシーンなどが大好物という感じ。それでも暗闇の中で作品の雰囲気と会場の至る所でスクリーンに注がれている子供たちの熱視線のおかげなのか、段々と少女だった頃の純粋な気持ちが蘇ってきて、気付いた時にはウルウルしていた。そして先輩はしっかり涙していた。



『諦めないことの大事さ』、『仲間を信じることの大切さ』、『立ち向かう勇気』。



作品から様々な事を学んだ二人の「元少女」は、充実感や幸福感に包まれながらシネマを後にして、近場の喫茶店でお茶をしようという話になった。


「本当に演技上手かったね。エリスさん」


「ねえ」


映画を振り返りつつ、眺めていたメニューの中に予期せず「ハーブティー」の文字列が含まれているのを見てとったわたしはそこで思い切ってローズヒップティーを注文してみた。お出しされたお茶の独特な風味にしかめそうになる気持ちを堪えながら先輩と話しているうちにテーマが魔法少女から「魔法」に移り変わってゆく。


「魔法が使えたら、やっぱりパパッと家事をしてもらいたいよね。そうすると時間ができるし」


先輩の言葉には実感が伴っているように感じられる。相槌を打ちながらわたしはこんな風に伝える。


「わたしが魔法を使えるとしたら何を望むのか、あんまり思いつかないんですよ」


「確かに。これからは「AI」が色々やってくれるかも知れないしねぇ」


先輩はその時「AIによる芸術作品」の話をしてくれた。イラストレーターの作品を学習させて、特徴を捉えた作品を生み出す技術ができてきているというニュースを少し前に見たという事だった。一瞬、陸さんの…「Asita」さんが描いてくれた絵の事を考えてドキッとした。結局、魔法もAIもわたしが出来ない何かを実現してくれることは同じなのかも知れない。でも、わたしの「心」はやっぱり「心の通ったもの」に惹かれ続けるような気がする。それは一体どういう感情なんだろう。そんな話を先輩の前で口走ったら、


「香純ちゃんはそれでいいのよ。それがいい」


とにっこり謎の微笑みを見せてくれる。それは慈愛に満ちた聖母のような表情でもあるし、いたずらをした後の少女のような表情にも見えた。この街に来てこれまで色々あったけれど、その日に飲んだハーブティーの味は何となく新しい道を示してくれているようにも感じられた。

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