呪文のように
茜音さんの著書『マギカへの誘い』でわたしが気になった箇所が幾つかあって、ちょっとした作業中をしながら何となく思い出されたり。
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わたしは子供のころから『もし』という言葉を呪文のように呟いていた。『もし、そうだったら』という言葉の呪文に導かれる様にわたしの中に何かが生まれてくるのを感じる。『アブラカタブラ』というよく知られた呪文の意味は?でも、その言葉を聞いた人の心に何かが呼び覚まされるのだとすれば、確かにそれは『呪文の効果』と言える。おまじないは、おまじないを発するところから生じている。そう考えるとわたし達はいつも何かを生じさせる力を持っていると言えないだろうか。
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理屈ではない部分でわたしは特にこの一節に何かを感じているらしく、影響されたのか『もし、そうだったら』と普段だったら考えないような事を浮かべて、それが切っ掛けでちょっとした仕事上のアイデアも生まれたりもしていた。具体的には以前、河口エリスさんのイベントに行った後に先輩とやり取りした地方在住の人で明確な『推し』を持っている人が居たとしたらどのように推し活をしているのかというリサーチをしてみて、その実態をある程度掴むことが出来たという事。
『もしわたしの地元に河口エリスさんの推し活をしている人がいたら』という想定でとりあえずSNSなどを一通り調べていたら、明らかにわたしと同世代くらいの人(おそらく男性)がエリスさんの書籍の別の会場のイベントに参戦したらしいことが判明した。今はイベントをネット配信で実施するパターンもあるけれど、地方在住の人向けに特別な商品やサービスを展開してゆけば推し活もまた違った様相になるのではないだろうか。そんなアイデアが生まれ自分なりにそれを洗練してゆけないかと思っている。
たしかに形式的にでも『もし』という言葉を呟くと自分でも思ってもみなかった何かが出てくるような気もする。
そして6月の前半のある日、梅雨入りなのか外はしとしとと雨模様の午前。
<流石にランニングも今月は中止が多くなるかも>
とちょっと残念な気持ちになっていたところで、やっぱり茜音さんの言葉を思い出して『もし、』何かを想像してみようとした。でもそのタイミングで電話が入り、一つ対処しなければいけない案件が生じてその気持ちが削がれる。やはり忙しくなってくると余分に考えることが難しくなってくるからそう上手くはゆかない。結構一生懸命になっていたのか、昼になってスマホにメッセージが届いた事に気付いたのだ。
『今日の夜、会いませんか?』
そのメッセージは午前中には届いていた。陸さんからのお誘いの文面に思わず胸は高鳴った一方で全然予期していないタイミングだったことがわたしにとって印象的でもあった。二つ返事で答えて、そのあと彼から示された場所がこの間と同じイタリアンだったことを確認する。考えてもみれば、個展の準備であまり時間が取れないという事でしばらくぶりの再会になる。近くに住んでいても生活が違えばなかなか時間が合わないというのも仕方のない事ではあるけれど、だからこそ会える時には色んなことを確認しておきたいと思ってしまう。
午後になって雨は小降りになってきた。ニュースによるとこれで梅雨入りかどうかは微妙とのこと。
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「もう作品の搬入は終わりました。中学が同じだった友人が脱サラしてこっちでカフェ経営してるんですよ。僕も知らなかったんですけどこの間偶然立ち寄った店がそのカフェで、声掛けられてとんとん拍子に話進んだんですよ」
イタリアンの店で嬉しそうに話し始めた陸さん。その笑顔でこちらまで嬉しい気持ちに。
「ご友人は陸さんがイラストレーターとして活動していた事をご存知だったんですか?」
「中学の頃から絵ばっかり描いてましたし、その頃からネットで絵を投稿とかしてましたから。仲が良かったので投稿した絵も見てもらって。その頃はキャラクターの絵だったんですが、僕の絵が好きだと言ってくれてました。高校は違いましたけど美術の専門学校に行ったことは伝えてました」
「なんかいいですね、そういう風に関係が続いているのって」
「香純さんも今友人とランニングしてるんですもんね。僕は仕事柄「縁」を大切にしなきゃ行けないと考えるタイプなんですけど、「縁」って不思議なものだと思います。未来で再会する人は、どこかで接点があったりするんです」
その言葉に自然と強く頷いていたわたし。確かに陸さんの言う通りで、いくら仲が良いとは言っても怜と今の形で一緒に過ごせるとは一年前には全く考えてもいなかったし、そんな風に巡り合わせがやってくるようになっているということが不思議でやっぱりそれを昔の人は「縁」という言葉で呼び習わしてきたのだと思うと感慨深い。ちなみにこの日の陸さんは薄手のシャツ姿で夜は少し蒸している印象。わたしも爽やかな印象になるように白でコーデしてきた。
「そういえばこの間の「ハンナ」をモデルにしたイラスト、とても良かったです。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。実はあの絵僕も新しい境地かなと思って、展示する作品の一つにしました」
「えー!!そうなんですか!嬉しいです」
「基本CGのイラストなの現物を用意するのは結構大変で、発色の具合とか色々確認する必要があるんです」
「じゃあ絵はもう額に入っているって事なんですか?」
「そうですね。展示しつつちょっとしたグッズも販売したいのですが、今回は用意できるものだけに」
「そうなんですね…実はわたし、前に陸さんにイラストを依頼してみたいなと思ったことがあったんです。でもわたし絵が得意じゃなくて辛うじて頭には浮かぶんですが、あのハンナがモデルになった絵は出来るなら家の中に飾りたいなって」
「なるほど。それなら展示が終わってからで良ければですけど、プレゼントしましょうか?」
「いいんですか!?」
それは思ってもみない提案だった。
「ハンナちゃんをモデルにさせてもらいましたし、何かお礼はしないといけないと思ってたんです」
「お礼だなんて」と続けはしたけれど、もし陸さんがそんな風に思ってくれているなら引き取らせてもらうのもいいのかなと感じた。それから絶品のパスタを食しながら、わたしなりに職場の先輩や知り合いなどに声を掛けて集客の一助になればと考えているということや、実際にSNSで個展の情報を投稿してみたというような話をしてみた。実際は当日はどのくらいの人になるのか蓋を開けてみないと分からないところがあるそうなのだけれど陸さんのアカウントのDMにはある程度問い合わせが来ているらしい。そこでわたしの脳裏に浮かんだのは『華やかな茜音さん』の姿。
「陸さんって魔法研究家の「茜音さん」ってご存知ですか?」
「いえ、僕は知らないです」
「そうなんですか。実は最近テレビにも出演した方で、かなり綺麗な人なんです。わたしが一緒にランニングをしている友人の親戚に当たる人で、少し前から個人的にもやり取りさせてもらっています。そういいう人だったら発信力のある、いわゆる『インフルエンサー』だと思うのですが、個展の話をその人にしたら陸さんの絵に興味を抱いたそうで今度個展を観に行った時に会う予定なんです」
「え…それはすごい!有名な方なんですね?」
目に見えて表情が変わった陸さん。わたしは自分の考えを伝えてみる。
「もしその方に個展のことを紹介して貰えばアピールになるかも知れません」
「それが叶うのであればお願いしたいですね。でもその方のことを存じ上げていないので、どういう方なのか教えていただきたいですね」
そこから陸さんにわたしの知る限りの「茜音さん」の情報を伝えた。ただその時感じたのは、わたし自身も茜音さんと直接の面識があるというわけではないから伝えようがない点があるということ。著述家であることは間違いないし、SNSのアカウントを確認すれば私生活も垣間見れる時もあるのだけれど、ずっと『ミステリアスな雰囲気』が漂っている。
<そっか。わたしも茜音さんの事が知りたいんだ>
わたしは陸さんに『マギカへの誘い』のあの一節を話してみた。興味深そうにその話を聞いていた陸さんがこんな風に言った。
「『もし、そうだったら』ですか。ある意味僕等の仕事はその光景が実現した時を描いていると言えるのかも知れません。話を聞いているだけでも不思議な雰囲気を感じました」
説明がとても難しいことではあるけれど、わたしも話していて不思議な気分になっていた。




