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連休最終日

『魔法』について話すことは研究家である私にとって二つの意味がある。一つは文献や資料を通じて調べることが出来た歴史上の『魔法』を詳らかにすること。こちらの目標ははっきりしている。けれどその『魔法』が今この世界でどのような仕方で存在しているのか、例えばその効果がどのように発揮されているか、などを話すことは全然違う意味合いを持つ。



『もし魔法が使えたとしたら私達は何をなし得るのか』



このような問いに答えようとするなら、一般の人だったら魔法を使って実現したいことを口にはしても、私のように



「そもそも魔法にはどのような限界が存在するのか?」



という話から始めようという流れにはならないと思う。私の発したこの疑問は一見すると奇妙なものに感じられるかも知れない。けれどもし魔法に限界など存在しないというのなら、私達のこの世界ではどんなことでも実現可能なはずである。実際にはそうなってはいない。「使用者に対価や代償が必要だから自ずと限界が生じる」という言い分も、「そもそも(限界のない)魔法など存在しない」という言い分も、確かにもっともらしさがある。




どのような説を取るにしても向き合わなければならない事は、魔法が存在しているとしたら私達が営みを続けているこの『現実』の中で、例えば報道機関が切り取り、人々の間で伝達される情報によって私達が認識している事柄と整合性を保ったまま魔法が実現しているという事なのである。分かり易く言えば、箒に跨って空を飛翔する魔女の姿が誰かのスマートフォンで撮影された写真に収められたりすれば、当然私達の間で拡散されているだろうという想像をする事ができるということ。




ただここで私は一つの想像をする。もし(『もし』を多用してしまっているけれど)、魔法を使える者だけが、他の誰かが完全には確証できない不思議な事象を目撃できるということなら、整合性を保ったまま魔法は存在していてもいい。誰も正確な記録をすることが出来ない状況が偶然訪れれば、そこでは何が起きても『それを目撃した者』の中だけで事態は進行する。




記録できないからこそ、何が起こっても人々の記憶の中にしかその出来事は残っていない。その人達の証言が常識的に怪しいとされれば真実とは見なされない。勿論何かが起これば普通その痕が残る。その痕が明確に残らない形で事態が進行した場合はもうお手上げだ。何かが起こったと信じるのは目撃者だけ。そんな現象もおそらくこの世には数限りなく存在するのだろう。




私がエッセーのような語りでこの本を通じて話してみようと思うのはそんな魔法の話。私に見える魔法の姿。




…そしてこの本を手に取りその話を知った誰かの心に生じる魔法。不思議なチカラ。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆





茜音さんの書いた『マギカへの誘い』の始まり。本来なら難しいと感じる部分もあるのだろうと思うけれど、『それを目撃した者』の中だけで事態が進行しているという一節にわたしは思い当たることがある。怜とわたしはハンナの不思議な能力を確かめてはいるけれど、それは今もって二人だけの間で真実で他の人にとってはそれを確認する術はない。



「ハンナ、お手」



迷いなくわたしの手に小さな右前脚を載せるハンナ。『右手』とも言いたくなるくらい器用に載せてから、わたしの顔を見ていかにも「おやつくれるの?」という表情をしている。約束なので『類似品』を冷蔵庫から取り出し、開封してハンナの口元に差し出す。ぺろぺろ。




ゴールデンウィーク最終日、つまり「こどもの日」。と言ってもすぐ土日連休となるのでまだ続く人にとっては続くという微妙な感覚の日。土曜日には怜とのランニングが控えていて、今のところ晴れの予報。陸さんから個展を開くという話を知らされてから改めてイラストレーターの実情などを調べてみようと思い、どういう手順で個展を開くのかと言った基本的な話を載せている個人のブログなどを読んだり、通販サイトで書籍などを探してみたりしている。陸さん=AsitaさんのSNSでのアカウントでも先ほど個展の場所と日にちの告知がなされ、「いいね」の数を見る限り既に多くの人の目に留まっている様子。彼から頼まれたわけではないけれど、こういう時代だし個展を開くにしても『宣伝』はまずもって大事だと考えてわたしの写真投稿SNSの方にも引用を付けて、




『Asitaさんというイラストレーターの作品が好きなのですが、その方が今度個展を開くことになったそうなのでわたしも行ってみようと思っています』




という文を投稿してみた。その際、写真は文と関係のないハンナの今日の姿を映したものだったので「いいね」が付いても宣伝になったのかどうかよく分からない事態に。せっかくなのでテーブルの上に読みかけの『マギカへの誘い』を配置した写真も投稿。




『魔法研究家『茜音さん』の本を今読んでいます』




これは半ば茜音さんに向けての投稿でわたしの中でちょっとした期待があったけれど、その期待をしっかり汲んでくれたかのようにこの投稿を見た『akane_stella』さんがDMをしてくれた。




『こんにちは。連休も最終日ですね。本の投稿をしていただいてありがとうございます』




『メッセージありがとうございます!わたしにはちょっと難しい部分もあるのですが、魔法の勉強してみたいです』




『魔法に興味を持っていただいて嬉しいです。周りからちょっと変な人と思われる事もありますが、その本ではわたしなりに色々考えたり感じたりしたことを書いています。そういえばイラストレーターの方の個展の話ですが、先ほど調べてみましたらわたしの好きな画風と近いものを感じて興味を持ちました。開催場所も家からそこまで離れているわけではないので行ってみたいなと思います』




不意に陸さんの個展の話になったのでちょっと慌ててしまう。個展の開催場所はわたしの家から電車で二駅ほどの場所なので、もしかすると茜音さんの自宅からも程よい距離なのかも知れない。実は陸さんの今度の個展はちょっと特殊なものらしく、陸さんの古くからの友人が経営しているカフェの一画を利用しての小規模の開催だそう。友人も手伝ってくれるという事で準備期間なども含めて非常に都合が良かったとのこと。



『今後本格的に個展を開く際の予行練習になると思うんです』




そんな事情まで教えてくれた陸さんとわたしの関係は茜音さんには説明し難い部分があり、詳細は伝える事はできなかったけれどもし茜音さんが個展を見に来てくれるならわたしにとっても都合の良い事がある。思い切って茜音さんに伝えてみた。



『もし茜音さんがいらっしゃるなら、その際にわたしもご一緒させていただけないでしょうか』




『わたしも香純さんにお会いしたいと考えていました。今スケジュールを確認しますので』




しばらくして茜音さんは都合のいい日を教えてくれた。期間は来月の中旬から月末までなのでわたしの方も問題なく都合を合わせられる見込み。前日までは全く予期していなかった事なので、話が決まって「うわー」と声が出るほどに急にテンションが上がっている事に気付く。そんなわたしの様子を不思議と感じたのか、ハンナが目をぱっちり開いてこちらを観察している。



「ハンナ」



にゃにゃ?



『どうしたの?』という気持ちが伝わってくるような鳴き方。

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