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回復

病み上がりで本調子じゃないのか、土曜日に目覚めてからはしばらくぼんやりしていた。猫飼いの宿命として、いつも通りの調子のハンナの要望に合わせるように身体を動かしていたら、連休にまとめて洗おうと思っていた洗濯物のカゴに気付く。洗濯機の蓋を開けて放り込んでスタートボタンを押してカゴを床に置いたら、何を想ったのかハンナがその中にすっぽり収まってしまった。今まであまりこういう事が無かったので戸惑っていたけれど、小さい身体なので試しにカゴごと持ち上げても全然重さを感じないほどだった。白いプラスチックの網目からハンナの顔が見える。少し目を丸め加減で、こちらの表情を伺いながらもなんだか居心地が良さそうに見える。



「ハンナはやっぱり小っちゃいね。そこに居てもいいよ」



そのままなんとなくリビングに運んでしまって、少し離れたところで様子を伺う。猫飼いの習性のようにスマホをその方向に向けてタイミングを計る。ひょっと顔を出したところでコミカルな雰囲気の写真が一枚撮影できたのでそこで一息ついた。洗濯機の規則正しいリズムを感じながら再びぼんやりするわたし。



<なにかしなきゃいけないことってあったっけ…>



天気も良かったその日のその時間は予定通りだと怜と一緒に疾走しているはず。そうはなっていない状況で、何だか残念にも感じるけれど、久々にハンナとゆっくり過ごせているのかも知れない。ちょっとだけ何か分からない事に対しての漠然とした不安がやってきたりもしたけれど、ほとんどの内容は忘れてしまった。





体調が復活気味になってきたのは夕方頃。テレビで旅番組を見ていたせいかロケ地に興味が出てきて、比較的近い場所なのでネットでも評判を調べてみたりしていたところ、自然豊かなリゾートへの憧れが次第に湧いてきた。同年代の子の女子旅でもSNS映えするという理由で観光客が増やしているとなれば結構気軽に行ってこれる場所なのかも知れない。そんな時、ハンナがカゴに入った写真を投稿したばかりのSNSの方に反応があった。



「あ、茜音さんからだ」



『ハンナちゃんとってもかわいいですね。『女の子』って感じがします』



縁の出来た茜音さんは少し前からハンナの写真に『いいね』を押してくれていたけれど、やり取りも増えたからなのかメッセージも添えてくれている。有名人だと思うとなんだか恐縮してしまうけれど、怜の知り合いだと思うと親しみも感じる。



『ありがとうございます!実はちょっと体調を崩していたんですが、ハンナに癒されています』



思い切ってこんな風に返信してみたところ、茜音さんは思いがけず反応してくれた。



『そうだったんですか。わたしもこの時期はちょっと頭痛があったりするんですが、あまり無理をなさらないでね』



このメッセージを貰ってその心遣いに心が温かくなる。というか怜もさり気なく気遣ってくれるし、一族の人というのか、なんだか尊敬してしまう部分もある。わたしも同じように茜音さんのアカウントの『ジーニー』の写真にメッセージを添えてみる。ちょっとだけムスッとした表情の『ジーニー』の胸の白い模様が独特で可愛らしいと思っていたけれど、どこか雰囲気を感じるのは何故なのだろうか。




身体と気持ちが整ってきたところで、ふと『何か忘れているな』と感じた。結構大事な事のように思うのだけれど思い出せない。なんとなく立ち上がってうろうろしていたら洗濯機の側に置かれている白いカゴを発見して思い至る。




「干すの忘れるところだった!!」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





日曜日、気分も体調も良いので日中散歩に出掛けた。残りのゴールデンウィーク期間は充実させたい気持ち。澄んだ色の空は新しい季節を感じさせ、道行く人の中には夏の装いを感じさせる丈をチョイスしている人も見掛ける。陸さんと桜を見た川沿いの公園に自然に足が向かっていて、運命のような『偶然』を期待したりしたけれどこの日はそんな時ではなかった模様。その代わりわたしはそこで珍しいものを目にすることになる。



「え…?なにかやってる?」



公園の入り口から中央の方を見るとちょっとした人だかり…と言っても3人ほど何かを見物しているらしいのが分かった。




もしかしてパントマイム?




遠目から頭の中にそう浮かぶくらいはっきりと不思議な挙動をしている人が台に上がっている。近付いてみて白い面を被ったスーツ姿の男性だと気付く。あとで調べた事だけれどそれはパントマイムの中でも『人形振り』と呼ばれる人が人形のように動く種類のパフォーマンスとのこと。表情の見えない男性は本当に人形のように関節がカクカクと動いて、かなり近づいても『生きている人』のようには見えない。そして空中に見えない糸が見えるかのよう。




見物している人の中には彼に向かってスマホをかざしている人もいる。



「すごい…」



わたしと同じくらいの歳に見える女性が自然に声を漏らして、わたしもその声に頷いた。そんなわたし達の事にお構いなくと言った様子で突然カクっと『糸が垂れた』ようになってしまった。全然ピクリとも動かないので分かっていても段々心配になってきて、



「え…だいじょうぶ?」



と声を出してしまったほど。すると再びピクリと身体が動き出した。しばらくそこで観察し続けて思った事だけれど、人間というのは意外と簡単に『魔法』に掛かってしまうらしい。そして何よりそれは目の前で『誰か』が何かをしてくれる事で一層強烈に感じてしまう。たぶんそれは動画で感じるのとは全然違う種類の感動だと思う。それほど多くないけれど鑑賞料を置いた時、気のせいか、気のせいだとは思うけれど人形とは違う感情の動き感じたり。





当然ながら、その日も写真を撮影している。帰宅してその写真に、



『人が人形になれるなら、人形も人になれるんでしょうか?』



なんてちょっと変な言葉を付け加えて投稿してみたところ、茜音さんがしっかり反応してくれた。ただその返信にわたしはドキッとしてしまった。



『人形が人になれるかどうかは、もしかしたらわたし達のイマジネーションにかかっているかも知れません』



言葉の意味は分からない部分もあるけれど、確かに『何か』を感じさせた。

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