アジフライ弁当
気候が変化している影響があるのだろうか、ゴールデンウィーク期間になって体調を崩し加減。傍から見て顔色も悪かったらしく大事を取って中日のその日は早退させてもらい、帰宅後はそろそろと寄り添ってくれているハンナと一緒にベッドで横になる。そして気が付くと同じ写真を見返してばかりいる。本当に何気ない感じで送ってもらった写真の中心でこちらに笑顔を向けてくれている男性の姿にこんなにも心強く感じてしまっている自分。気の弱ったわたしの心境では思わずその人に連絡したくなってしまってどうしようもない。ただ、例年その時期に体調を崩しがちだという事は自分でも把握していたのと、そこからゴールデンウィーク後半が続くという事情を考えるとそこまで厳しいというわけでもない。ただし結構『残念』な感じ。
甘えたさ半分の弱気といった心はしばらくすると大事な事に思い至る。
<あ…怜に連絡しないと>
翌日仮に体調が回復したとしても仕事を早退した手前、「ランニングに行きました」なんて報告は出来ない。もしかしたら職場の人に遭遇する可能性だってある。とりあえず『明日無理っぽい』とメッセージを送信してみたら、昼過ぎの時間だったにも関わらず速攻で、
『どうしたの?何かあった!?』
と返信を受信。頭がボーとするせいか詳細を入力しようにも文章が上手く浮かばず、
『今日体調不良で早退した』
と最小限の情報に。こういう時に察しのいい怜は『なるほど了解』と返してきたすぐ後に、こんな問い掛けを。
『もしよければわたし看病に行くけど?』
友人としてなんと素晴らしい人なんだろうかとその時は感動さえあった。ただ症状は例年通り微熱程度なので、
『そこまで酷くないよ』
という遠慮がちの返事になる。そしたら、
『香純ならそう言うと思ったよ。でも、『ちょっとした情報』があってね色々丁度いいから押しかける事にするよ』
などと強引な決定をした怜。なんだかその情報が気になるのと自分で決めてしまった怜の気持を変えるのが面倒になって、
『じゃあお弁当みたいなの買ってきて…』
とここは甘えてしまう事に決める。そして再び心を寄せている男性の写真を眺めて、
<もしここで来てくれたら理想のシチュエーションではあるんだけど、世の中そんなに甘くないか…>
なんて謎の納得をしていた。ハンナを胸に抱えたまましばらく仮眠の時間が訪れる。やはりその『条件』だとハンナの能力が発動するらしく、わたしはこんな夢を見た。
場面:お城
時刻:おそらく昼
登場人物:『わたし』と『ハンナ』と『お城の王様』と『家来』が数名
やや輪郭がぼんやりしている世界。この夢の中では最初からハンナを抱きかかえたまま話が始まった。
『そなたが魔法が使えるという話は本当か?』
いきなり王様にそう訊ねられた。家来らしき数名が近くに立っていのは分かる。王様の存在は結構リアルに感じる。表情は分からない。全体的に白昼夢のような雰囲気で不思議な現実感がある。
「魔法は使えないです」
「ごはん食べたい」
わたしの言葉の後にハンナの要求が混ざり込む。王様の存在感がリアルなのでハンナの事をあまり考える余裕が無かったけれど、何故か王様が次にこんなことを言った。
『なんと、その猫は話せるのか!それがそなたの魔法か?』
これまでの経験ではハンナの方に意識が優先されるのに、王様がハンナの事にも言及するので夢の中なのにドキっとしてしまった。
「いえ、そのこの子は喋れるだけで魔法ではありません」
混乱の極みに居たわたしは何故か王様に釈明するようなカタチ。するとハンナがわたしの胸を飛び出して、
「ごはんちょうだい」
とあろうことが王様の方に駆け寄っていってしまった。王様がそのハンナを抱きかかえようとしたのを見て慌てて、
「待って下さい!!」
と呼び掛けたわたし。そこで奇妙な夢が終わった。目覚めたわたしとハンナはやはりベッドの上に居た。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「なるほどその展開も興味深いね」
夕刻に見舞いに来てくれた怜に『白昼夢』のような夢の展開を説明したらとても興味を示していた。お願い通り買ってきてくれたお弁当と野菜ジュースをテーブルに置いて、白米に箸をつけるところ。
「おそらく覚醒状態に近い夢はリアルだから、その中に出てくる人物はこれまでと違う反応をしたんだね」
わたしの状態が想像したよりも良いと感じたのか少しボーっとしている頭に小難しい話を流し込んでくる。
「王様が『魔法』の話をするからビックリしたよ」
「それも香純の『深層心理』なんだろうね。たぶん、君は心の中でハンナちゃんの能力を『魔法』だとは考えていないのだろう。それが表現になった夢なんだね。納得」
人の夢に勝手に『納得』している姿とその得意げな表情にわたしは逆に納得がゆかない。
「たしかに『魔法』だとは思わないのかも知れないけど、王様がハンナに気付いたのはちょっと不思議じゃない?」
「まあ、その辺はなんとでもなりそうな気がする。そういえばハンナちゃんにおやつあげたいんだけどいいかな?」
「どうぞ」
お弁当のおかずのアジフライを味わっている瞬間は何故だか妙な感動があり、ハンナに『正規品』を与えている怜にどこでお弁当を買ってきたのか訊ねてみたらちょっとだけ距離がある場所だった。なんだかんだでこうして見舞ってくれる親友の存在はありがたく、一年前にもっと小さかったハンナが不安そうに見守ってくれていた時と比べると本当に今の状況が恵まれているとも感じられる。
「ありがとう」
不意にこちらを見た怜にこの上なく素直に感謝を伝えたところ、
「こちらこそ」
と返ってくる。「なんで?」と訊き返したら、
「いや、なんとなく…」
そんな返事が返ってくる関係性は理想といえば理想なのかも知れない。何かこの機会は特別な感じがして、ハンナにおやつを与え終わった怜にわたしは思い切ってスマホにある画面を表示させて顔の前にかざしてみた。
「この人、ハンナちゃんを抱えてるね。この部屋だ」
「さて、この人は『誰』でしょうか?」
「見た事ないなぁ。でもこの辺りに住んでいる人って事だよね」
「『如月陸』さんていう人で、イラストレーターの仕事をしている人なの」
「ほぅ!!」
やはりここは『女子』の端くれとして目を輝かせる怜。陸さん絡みの話をしてみたらはっきりと怜のテンションが上がった。
「いいね!香純からそういう話を聞けると新鮮だ」
明らかに喜んでいる様子の怜にわたしはこう訊ねた。
「怜の方はどうなの?職場が変わって、何かあったりしないの?」
「あの職場では明らかにわたしの方が『上司』って感じだからね。いろいろ面倒なんじゃないの?」
「ふーん…」
「まあその話は置いておいて、とっておきの情報をそろそろ開陳したいと思います」
そう言って紙パックのジュースを口に含んだわたしに怜がゆっくりと話し始めた。




